暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

2人の青春と心の距離を濃密に描いた傑作【リズと青い鳥】感想 ※ネタバレあり

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98点

 

 GW中は諸事情により、映画が観られないという拷問のような日々を送っていました。6日にその諸事情も一段落して、少しは楽になりましたので、ようやくずっと観たかった本作を鑑賞しました。

 

 今年もちまちまと映画を観続けてまいりましたが、1年の折り返し点に近づいたこの時期にきて、ちょっととんでもないのが出てきてしまいました。エンドロールが終わっても、しばし茫然としてしまい、動けない自分がいました。現状、私の今年ベストかもしれません。

 

 本作は2015年と2016年で2回TVアニメ化された『響け!ユーフォニアム』のスピンオフ作品です。しかし、TVシリーズを見ていなくても独立した作品として楽しめます。内容はTVシリーズの2期に出てきた鎧塚みぞれと傘木希美の2人に焦点を当てたもので、「リズと青い鳥」という童話を挿入しつつ、彼女たちの心の機微を繊細な演出で映し出しています。そちらがメインであるため、劇中でストーリーらしいものは特にありません。

 

 監督はTVシリーズでシリーズ演出を務め、長編作品では『映画 けいおん!』『たまこラブストーリー』『聲の形』を務めた山田尚子さん。前々から凝った画作りと、キャラクターの心の機微を客観的に捉える作品作りに定評があった彼女ですが、本作ではそれが1つの頂点に達した感があります。また、同時に本作で、前作からあった彼女の持つ作家性もはっきりしてきた気がします。振り返って、『聲の形』がどれほど彼女に合っていた作品だったのか、が分かります。

 

 本作は、童話の内容を通って、学校に登校したみぞれが希美を待つシーンから始まります。この冒頭から既に鳥肌が立ちます。観た方全員が気付くと思うのですが、2人の動きとBGMが完全にシンクロしているのです。具体的に言うと、『ベイビー・ドライバー』状態です。しかもこのシークエンスはそれだけではなく、上履きの出し方、歩き方、話し方、2人の位置取りなど、2人を対比的に描くことで、両者の性格と互いの立ち位置を完璧に表現しているのです。インタビューによれば、ここは監督と牛尾さんでかなり綿密に打ち合わせたみたいですね。

 

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 それだけではありません。ここでは、2人の「距離」も明確に示されています。TV2期の第4話でとりあえずのわだがまりが解け、関係を修復したかに見えましたが、このシークエンスでの2人の歩いているときや椅子に座ったときに生じる僅かな物理的距離や、歩行速度の違い、そして上履きが床を叩く音の微妙なズレから、まだ2人の心には大きな隔たりがあると感じられます。そしてそれを裏付けるように出てくる dis joint の文字。この2人だけの空間に夏妃と優子が入ってきて、静謐さが消え、ついでに私もこれが『響け!ユーフォニアム』のスピンオフなのだと思い出しました。久美子と麗奈も出てきてテンションが上がりました。

 

 ここまでで15分です。このように、本作は全編に亘って台詞が少なく、代わりに画面の密度が異様に濃いです。1カット1カット、台詞の1つ1つに意味があり、世界の全てが彼女たちの感情を表現しています。故に観ている間は相当な集中力を要求され、90分という上映時間としては不釣り合いな体力を持っていかれます。しかしその分、濃密な時間を過ごすことができます。

 

 そこから話はみぞれにフォーカスを当てて進んでいきます。なので、観客は前半は「みぞれ視点」で希美との距離を感じていきます。希美の周りにはいつも人がいますが、みぞれは常に1人。みぞれにとって希美が世界の全てで、それ以外はどうでもいいと思っているのに、希美はどうやらそうでもないらしいということが、映像で示唆されます。それは別校舎で窓越しになされる光の反射を利用した遊びや、1人でフグに餌をやっているみぞれの姿、他の友人と一緒に帰る希美、といったものです。

 

 また、みぞれにとっての「世界」の認識も秀逸です。彼女にとって、希美が全てですから、どことなく周囲がぼやけていたり、周りに人がいないカットが多かった印象があります。

 

 そんなATフィールド全開な彼女に風穴を開けるのが、剣崎梨々花。彼女は何度かみぞれにアタックし、遂に普通に会話をするまでになります。この過程が後述する希美のターンのときに挿入されていきます。

 

 ここまで、みぞれにフォーカスを当てていました。そこで我々観客は、徐々に違和感を抱き始めます。それは「リズ」と「青い鳥」がどちらなのか、についてです。最初は、我々はみぞれがリズで、希美が「青い鳥」だと思っていました。しかし、観ていくうちに、後輩に囲まれている希美の姿が冒頭のリズとダブるのです。この違和感を抱き始めたとき、物語に転換期が訪れます。みぞれが音大の受験を勧められるのです。ここから、カメラは希美に寄っていきます。

 

 希美から見たみぞれは、才能あふれる存在でした。それを形として意識させられたとき、希美は無意識かどうかは知りませんが、みぞれに多く接してきます。まるで「みぞれとは対等でなければならない」と思っているように。しかし、接してきましたが、それと並行し、今度は梨々花を通して、みぞれにとっての世界が広がっていく過程が描かれていきます。ここで、実はリズと青い鳥のキャスティングは、実は逆なのではないか、と思えてきます。

 

 表面上は友達として接しているけど、どこかずれている2人。それは演奏にも表れています。この2人のずれを際立たせるように、本作には後2組の2人組が出てきます。1組は夏妃と優子。この2人は表面上は憎まれ口ばかり叩いていますが、中では互いのことを大切に想っています。もう1組は本家主人公コンビ、久美子と麗奈。彼女らはTV版の交流もあり、ある意味で互いのことを理解しあっています。このように、異なりながらも、互いのことを信頼しあっている2人組を置くことで、希美とみぞれの関係の違和感を増大させています。

 

 そしてその違和感が極に達したとき、2人の本音がカットバックで語られていき、我々は彼女たちは、彼女達自身がリズであり、相手が青い鳥だったのだと気づくのです。その時の演出で印象深いのが、中央を線で割って2人の顔を映す、というもの。上のインタビューを読むと、このシーンは、この答えを具体的に示したシーンだと思います。上のインタビューから引用します。

 

 コンセプトにあるものを言葉にするのは、少しはしたない部分もあるのかなとは思うのですが、ひとつ挙げると山田さんは「デカルコマニー(転写画)」という単語をおっしゃってて。これは心理学にあるロールシャッハテストのような手法を指す言葉で、その手法で描かれた図形は(中央の線を挟んだ)右と左が似ているけど違う形になるんです。たぶんそれがみぞれと希美の関係性に繋がっていくコンセプトだと思うんです

 

あのシーンは、まさにこれを表現したものだったのかなぁと。

 

 「青い鳥」を突き放すという愛を理解したみぞれは、ソロパートで全力を出し、希美を突き放します。その時の演奏がまぁ素晴らしい。魂持っていかれます。ここで示されたことは、2人の愛ゆえの決別という、TV2期第4話のさらに先にいったものです。そこから、それまで決して交わらなかった2人が「物理的」に密着し、想いの丈を打ち明けたシーンは感動ものです。しかし、決してエモーショナルな演出にはしておらず、むしろここにおいてさえ、俯瞰した映像を貫いていた気がします。ここら辺には、『聲の形』のラストを彷彿とさせられます。

 

 お互いに気持ちを伝えあった2人。その変化を示したラストが本当に素晴らしいです。基本的に、冒頭と同じことをしていますが、やっていることや立ち位置が全く逆で、冒頭の対比になっているのです。BGMにのせて、冒頭では同じ方向に進んでいた2人が、違う場所に行き、それぞれ違った未来へと向かっていくのです。

 

 本作の重要な要素として、「2人の未来」があると思います。冒頭とラストで彼女たちが進んでいる方向が違います。冒頭は「左から右」へ進んでいた彼女たちですが、ラストでは「右から左」へ進んでいます(違ってたらすまん)。さらに、場所が重要で、彼女たちは学校の「外」にいます。思えば劇中では、「学校の中」で物語が展開されていました。つまり本作は、まさしく学校という「箱庭」で生きる青い鳥が、自らの力で羽ばたく話でもあるのです。ラストで彼女たちが進む先にあるのは、これまでの学校ではありません。彼女たちがどこへ向かうのか。それは観客には分かりません。彼女たちにとっての「未来」が無限に開かれているという素晴らしいラストです。

 

 噛み合わなかった会話も一瞬ハモッて、 joint の文字。完全にノックアウトですわ。本作は非常に実写的な内容ですが、表現はアニメ的だと思います。だからこそ、こんなに心揺さぶられるのかもしれません。このように、本作は2人の少女の心の機微を繊細に演出し、2人の青春を完璧に描いた傑作でした。繰り返しますが、今年ベストです。