暇人の感想日記

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拗らせた人間にとっては救いであると同時に、残酷な真実の話でもある。【勝手にふるえてろ】感想 ※ネタバレあり

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93点

 

 当初、観る予定はなかったものの、周囲の評価があまりにも高いので観てきました。結果、本作は、ここ1年で観た映画の中で、最も心を抉られた作品となりました。

 

 本作は所謂「拗らせた」まま大人になってしまった女性、よしかの成長物語です。なので、本作はよしかの様な人間、或いは彼女のようだった人間にとってはある種の救いですが、しかし同時に、この世界の残酷な真実すらも映し出しています。

 

 本作の1番の魅力、それは松岡茉優さんでしょう。本作は彼女の独壇場です。『桐島、部活やめるってよ』では作中一の嫌な女を演じ、朝ドラ『あまちゃん』では気のいい埼玉代表を演じ、『ちはやふる 下の句』では作品を牽引する存在感を示し、今や若手の中でもトップクラスの実力を持っている女優さんですが、本作では上記2作と全く違う「こじらせた人間」を完璧に演じています。一挙一動がもう「そういう人」にしか見えず、『桐島、部活やめるってよ』と比べると立場が全く違う役柄だけにこの人は本当に上手いなと思わせられます。良いところを挙げるときりがないのですが、とにかく「はぁ?」と「FU〇K!」が最高です。しかも、よしかは冷静に考えれば「ヤバい女」とドン引きされてもおかしくないのですが、松岡さんが演じることで絶妙な愛おしさが発生してしまいます。彼女が演じたからこそ、よしかはあそこまでのキャラクターとなったのだと思います。

 

 このように、松岡さんの演技が最高なのですが、もちろんそれだけではありません。映画の内容も非常に上手いのです。拗らせた人間が、肥大した自意識からどのようにして身を守っているのか、しかしそれはどれほど脆弱なものなのか、を巧みに描いています。

 

 本作は徹底して「よしか視点」で話が進みます。彼女が感じたように映画も変化していくのです。

 

 最初は彼女が身の回りの人々と楽しくお喋りする様子が映し出されます。しかし、中盤で明らかになるように、これは彼女にとっての「妄想の世界」。自意識が肥大した彼女は「周りの人間」を「召喚」することで彼女の心の声を話し、自身の自意識を護っているのです。しかし、彼女はただ現実から目を背けているわけではなく、合間に彼女の「本音」が覗きます。「友達いない」に対し、「いますよ」とかですね。

 

 また、この合間に同窓会を入れることで、彼女の過去の立ち位置を認識させ、「あぁ、こりゃ拗らせるね」と納得させる辺りもさすがです。

 

 しかし、このようなよしかの「防壁」は一気に覆されます。ずっと見ていた人間が自分と同じように「他人に興味がなかった」と気付くことで、彼女にとっての「現実」が襲い掛かってくるのです。ここでの歌、アンモナイト」がよしかの、そして全ての拗らせた人間の気持ちを代弁しているようで、素晴らしかったです。自分にとっての世界を広げたければ、他者にも臆せず話しかけ、関係を築いていくべきだ。そんなことは分かっている。でも、肥大した自意識のせいでできない。そんな人間は、化石のように「絶滅すべき」なのでしょうか。彼女は、そして拗らせた人間は、歪んだ進化をしてしまったのでしょうか。

 

 そして、登場人物の見方も一気に変わります。特に二ですね。それまではとにかくウザい奴だったのですが(本気で「消えろ」と思ってました)、現実を直視することで、案外、というか、かなり良い奴であることが判明します。というよりも、「見ていなかった」のでしょうね。

 

 そして、最後によしかはこの二と面と向かって「本音」をぶつけあい、「部屋」という個人の絶対領域に入れることで彼を受け入れます。

 

 ここまで、他者を拒絶し、自分の自意識に籠ることで身を護ってきた彼女が、ようやく一個人と面と向かって向き合った。本人としては非常に怖い。相手に嫌われるかもしれない。ですが、よしかは一言「勝手にふるえてろ」と言うわけです。これは彼女が自分に向けた言葉かもしれませんが、本作を観ている「拗らせた人間」へ向けたものでもあったのだと思います。臆せず会話をしてみる。相手に踏み込んでみる。これがまず第一歩なのです。これは怖い。ですが、あの言葉で、そんなことを考える人間は、「絶滅」してしまうよ。と言われたような気がしたのです。

 

 このように、本作は「拗らせた人間が頑張って生き、成長している」ことを描いた点では救いです。ですが、自意識から抜け出せない人間には、他人への無意味な恐怖に「勝手にふるえてろ」という、この世界の残酷な真実を映し出している作品であると思いました。