暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

2020年春アニメ感想⑤【天晴爛漫!】

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☆☆(2.3/5)
 
 
 P.A.WORKS制作、シリーズ構成と監督を橋本昌和さんが務めたオリジナル作品。題材はまさかのアメリカ大陸横断レース。PVを見ればアメリカ大陸横断レースを「チキチキマシン猛レース」よろしくのスーパーカー対決として見らそうで、それはそれで面白そうだなと思ったこと、P.A.WORKSのオリジナル作品は当たり外れはあるものの、面白い作品もあるので、視聴しました。
 
 私が本作に関して言いたいことは、「カーレースをしろ」です。カーレースが主題のアニメだと謳っていたにもかかわらず、本作は肝心要のカーレースをほとんどしない。1~5話はカーレース前のキャラ紹介で、これはこれで良いです。しかし、実際にレースが始まると、すぐに邪魔が入って中断され、やっと再開したと思ったらまた中断されるの繰り返し。しかも最後の方は「ギルを倒す」が目的になってしまって、話の軸もブレブレという始末。

 

 

 一応、レースはやっていないわけではないのですが、それもそんなに面白くない。こういうレースって、誰がどこにいてどれくらいの距離があって、それを如何にして縮めるかという駆け引きが重要だと思うのですけど、本作に関してはそれが全く出来てない。そもそもキャラの車の名前すら満足に判別できないし、順位表示も英語なので分かりにくい。さらにはコースの説明もほとんどないので、どれほどの難易度なのかも不明。だから全くハラハラしない。しかも駆け引きもほとんどないです。他の参加者も「いたの?」ってレベルで存在感が薄くてすぐに退場するし。
 
 後、思ったよりビックリドッキリメカ的なものがなかったのも問題点。個人的には、3話で天晴がやったみたいに奇抜な手でスペック差を埋めていくトリッキーなレースが見られると思っていたのですが、そこが全く無い。さらに、天晴は自分の車を「こいつは進化する」と言っていましたけど、全然「進化」した感じが無い、というよりスタッフ皆この発言忘れてただろと思わざるを得ないのも問題でした。
 
 このように本作は、私が期待していたことをことごとくやってくれない、もしくはやっても中途半端なのです。で、何をしていたのかと言うと、「ホトトの敵討ち」とか「小雨のトラウマの克服」とか「人の心の機微が分からない天晴の成長」とか「ギルを倒す」という西部劇。これらのうちどれかが面白ければ良かったのですけど、見事なまでに中途半端なんですよね。

 

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 何故このようになったのかと言うと、本作は混ぜてはいけないものを混ぜてしまったからに尽きると思います。カーレースと西部劇と侍、後は人類の進歩?という噛み合わない要素を混ぜてしまい、スタッフがそれらを全くまとめ切れていない。だからそれぞれのドラマをやろうとすると一旦レースを止めるしかない。でも、そのドラマも通りいっぺんの描き方しかしない。だからどれもが中途半端なのだと思います。
 
 一応考察しておくと、本作の重要な要素としては、「古きものと新しいもの」があると思います。主人公2人にしても、明治の時代に「月に行く」と豪語し、時代の先を行く発明家天晴と、明治後期になってもまだ「侍」である小雨という対照的なものですし、カーレースも、そこに車と蒸気機関車という「古きものと新しいもの」が重ねられています。また、そもそも時代背景にしても明治後期という時代が変わった後ですし、アメリカも西部開拓時代が終わった後です。本作にはこのように、時代の移り変わりを感じさせる要素が揃っています。
 
 このような要素から思ったことは、本作は「時代の進歩」を描こうとしていたのかもしれないということ。だからエジソンが出てきた。そしてその時代の進歩を暴力でねじ伏せようとするのがギル。そのギルも、サウザンドスリー達の昔の流儀である暴力ではなく、新しい時代の「法」で裁かれます。なるほど、これは中々面白いテーマです。出来ていればね。この要素に関してもやっぱり中途半端で、ギルを倒すのはサウザンドスリーの2人で、それに明快なロジックが無く、あれだけ強かったギルに対して、「何となく勝ちました」以上の描写が無い。で、天晴達も列車を止めるわけですが、それも「とりあえず用意しときました」って感じしか無いんですよね。

 

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 そしてこの話は終わったとばかりに最終話のBパートでレースは再開されて、天晴達が優勝して終わり。いや、その過程こそ見せろよ!で、しかもその後にまた「やりたいこと云々」という新しい要素がぶっ込まれてきて、特に目標もない小雨がちょっと迷って天晴と一緒にアメリカに残って終わりっていう。いやお前、道場はいいんかい!跡取りがいなくなったらヤバいのでは?「死んでると思われてるし、問題ない」とか言ってるけど、EDでちゃんと手紙出してるし何なんだよと。戻れよ。
 
 このように不満ばっかりなのですけど、唯一良い点がありました。それはキャラです。本作のキャラはそれなりに魅力的で、彼ら彼女らの掛け合いと、それによって信頼とか魅力が生まれるという作りは良く、だから最後まで見ることができました。なので9話は結構お気に入りだったりします。でもそれ以外は中途半端が過ぎ、トータルとしては面白くない作品でした。残念。
 
 

決められた未来へ向かえ【TENET テネット(IMAX2D字幕)】感想

TENET テネット

 
93点
 
 
 新型コロナウイルスの影響で、世界中で壊滅的な打撃を受けている映画産業において、2億ドル超をかけたビッグバジェット大作であるにもかかわらず、先陣を切って公開された本作。映画ファンの間では新型コロナウイルス関係なく2020年で一番期待されていた作品の1つでしょうし、それは私も同じでした。「映画を護りたい」というノーランの心意気には正直言って感動しましたし、やっぱアイツは大馬鹿だなと思った次第です。それは映画の中身についても言えます。
 
 クリストファー・ノーラン監督というのは、もはや巨匠のような扱いを受けている存在なのですが、作っているものは夢泥棒とかSFとかアメコミとかジャンル映画的な内容のものです。しかしノーランの突出している点は、良くも悪くも、これらのジャンル映画的な内容を「シリアスに」「高級感漂う感じに」仕上げる名手である点。それが最初に上手くいったのが『ダークナイト』でした。この点は支持される所以ですが、同時に嫌われる所以でもあります。

 

ダークナイト (2枚組) [Blu-ray]

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 そんな彼が今回監督した本作は、ノーランがずっと「撮りたい」と言ってたけどなかなか撮らせてもらえなかった『007』シリーズよろしくの「スパイ映画」というこれまたジャンル映画でした。作中にはあからさまな目配せがあって、例えば主人公の「名も無き男」にしても黒人でそこまで身長が高くないというジェームズ・ボンドの逆を行く存在ですし、中盤でセイターとヨット遊びするシーンとか、「男の魅力で女を落とす」発言とか、スーツに対するツッコミとかが該当します。ちなみに、ノーラン映画の常連であるマイケル・ケインもスパイ映画で人気を博した俳優です。そもそも大筋の話も、「世界を滅ぼそうとする悪党がいるから、そいつをやっつける」という単純極まりないもの。
 
 普通の監督ならば、「ただのスパイ映画」で終わりそうな内容ですが、そこはさすがはクリストファー・ノーラン。自分なりの狂気じみたアレンジを加え、唯一無二の作品に仕上げていました。それが「時間の逆行」です。作中ではエントロピーがうんたらかんたらといつも通りの理論武装をしていましたが、要は1つの画面に「順行」と「逆行」の2つの時間軸が入り乱れる前代未聞の映像を作り上げたという話です。しかもそれをCGを極力使わず、逆回しと俳優の演技という古典的な手法で描き、映画にしています。時系列も複雑で、それを台詞ではなく、映像のみで理解させようとしています(尚、理解できない奴は全力で置いていくスタンス)。これが本作が「難解」と言われる所以であり、同時に狂気と言われる所以です。と言っても、これはいつものノーランらしく、単純に物語を複雑にしただけ&実際のところ説明不足な点も含んでのことなので、リンチ的な「難解」ではありません。自分が作ったルール崩壊してるし、時間の挟撃作戦のメリットもよく分かりません。

 

女王陛下の007 [Blu-ray]

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 「時間の逆行」が本格的に使われ始めるのが中盤のカーチェイスからで、これを含め、劇中では大きく3つの「逆行」が行われます。面白いのは、この中盤以降、本作の時系列が映画の時間が進むごとに遡っていき、最終的に真相が明かされ、物語的な「最初」に戻ることです。この点はニールに注目すると理解できる話です。ラストでニールは未来人であり、名も無き男と面識があり、セイターの悪事を止めるために時間を逆行してきた存在だと分かります。常に主人公の周りにいて、サポートしてきた彼ですが、最終的に「未来へつながる場所」に主人公を誘導して人生を終えます。そして名も無き男は自らを「主人公」と言ってキャットを護り、物語は幕を閉じます。これから、名も無き男は「主人公」として覚醒し、未来で「テネット」を作って、ニールと出会い、過去の自分を助けるように命じる。そしてニールはその任務を命を懸けて遂行する。そこでまたニールは、名も無き男に出会うのです。そして物語はまた始まっていく。タイトルの「TENET」は回文であり、映画そのものも回文的な円環構造なのです。そしてこれはノーラン監督の出世作メメント』に共通した構造です。
 
 そしてこのニールに注目すると、もう1つ理解できることがあって、それは本作が『インセプション』と同じく、「映画についての映画」だということ。本作は『インセプション』よりもあからさまで、予告でも使われていたニールと名も無き男の「ジャンボジェット計画」のくだりなど、ノーランの思考そのものだったと思います。しかもロバート・パティンソンはわざわざ髪を金髪にしてノーランみたいにしてるし、ニールは全てを知って名も無き男を決められた未来(=シナリオ)に誘導しているわけで、ノーランの自己投影(=監督)であることは明白だと思います。こんな内容をスパイ映画でやるなよ・・・。
 
 ノーラン映画では、「脱出」が重要な要素になっています。『メメント』は「脱出」できなかった話、『インセプション』は夢からの脱出、『インターステラー』と『ダンケルク』は言わずもがな。そして、本作にも「脱出」はあります。それは未来人の脱出。そしてそこには、ノーランの思想も本作で現れていると思います。それは『インターステラー』や『インセプション』でも表明されたのですが、ノーランのテクノロジー嫌いです。彼はテクノロジーを無理に使い続けていると人類が滅んでしまうと本気で考えているようで、『インセプション』はネット批判として内へ内へと籠る人間の深層心理には荒涼とした世界しか広がっていないことを示し、『インターステラー』では「環境破壊」で地球は滅亡寸前で、宇宙へ脱出する話でした。本作でも未来は環境破壊が進んで住めなくなってきていて、未来人が未来から攻撃をしてくるというのが本筋です。言わば本作は『インターステラー』では主人公たちが行った脱出を未来人が行い、それを現代人である名も無き男たちが未来との挟撃作戦で食い止める話なのです。

 

インターステラー [Blu-ray]

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 『インターステラー』との共通点で言えば、「未来」が既に確定している点です。『インターステラー』では、最終的に主人公が五次元となった未来人に救われる話でした。そして、主人公も、未来人が呼び寄せた通りにブラックホールの中に入り、数式を解読させ、地球を救います。本作も同じですね。未来人であるニールが名も無き男を導き、決められた未来へ誘導する話です。しかもご丁寧なことに、その原動力となったのは「愛である」と、『インターステラー』と全く同じことを言っています。そして未来人の啓示を受けた主人公が、その未来へ向けて進みだすという点も同じ。ただ、今回は悲観的な未来が待っているのですが。
 
 「時間」とは、ノーランが繰り返し描いてきたことです。そしてその構造は、『フォロウイング』の頃から一貫していて、時間のハッタリを使い、ある程度の結果を見せ、その「決められた結末」へ主人公が進む物語でした。これは、映画そのものです。映画は、決められた結末があって、それに向かって主人公が活躍します。そしてその時間は映画の中で作られる。だから『メメント』は最後に妻殺しの真相を忘却し最初に戻り、『インセプション』も冒頭に最後で戻り、『インターステラー』も主人公は決められた未来へ向かってロケットで飛んでいきます。そして今回、ノーランはメタ的に映画作りを映画にしたSFスパイ映画という分けの分からんものを作りました。そこでもキャットは決められた結末(=海へダイブする自分自身)に至り、ニールは死地へ赴き、名も無き男は自身が主人公と気付き、使命を帯びて未来へ向かいます。つまり本作は、いつものクリストファー・ノーラン映画だったということです。
 
 

2020年夏アニメ感想③【デカダンス】

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☆☆☆☆(4.4/5)
 
 
 今期数少ない、完走した新作夏アニメ。制作は「幼女戦記」のNUTで、監督は「モブサイコ100」シリーズや『劇場版名探偵コナン ゼロの執行人』でおなじみの立川譲さん。脚本は「ドロヘドロ」や「BANANA FISH」で素晴らしい仕事してくれた瀬古浩司さんと、中々強力な布陣。この布陣でどのような作品が出てくるのか楽しみだったこと、オリジナルアニメは応援したいので視聴しました。

 

劇場版 幼女戦記

劇場版 幼女戦記

  • メディア: Prime Video
 

 

 本作は王道の内容の作品だったと思います。全てがシステムに支配されている世界で、システムに従って生きていたカブラギが、「バグ」であるナツメと出会い、システムに反旗を翻し、世界を革命する物語です。それをゾーンを使った空中戦のアクションを用いて面白く見せています。
 
 しかし、本作が面白い点は、世界を2重構造にしている点です。それを1話、2話とで順番に見せていて、我々視聴者の予想を大きく裏切る展開をいきなり見せてくれました。物語は、1話と放送前の情報ではガドルという人類の敵が蔓延り、絶滅寸前となった世界で、唯一の希望が移動要塞デカダンス。そしてその中で暮らし、ガドルに親を殺されたナツメという少女が元凄腕の戦士であるカブラギと出会う・・・というもの凄くベタなものでした。私も「まあこんなもんだよね」と思って見ていたのですが、2話でいきなりデカダンスはゲームの世界であると示され、これがひっくり返されてしまいます。しかも人類は絶滅寸前であることに変わりはなく、サイボーグに支配されています。デカダンスは、サイボーグにとっては「ゲーム」でしかないが、人類にとっては現実であると分かるのです。これは今流行りのオンラインゲームそのままであり(イベントとかもある)、サイボーグ視点では人類(劇中ではタンカーと呼ばれる)は言わばNPCみたいな存在で、人類視点では世紀末まんまという、2つの現実があるのです。サイボーグ視点だけでは『マトリックス』と言われたらそれまでなんだけど、本作はそれに加え、人類をNPCにして、メタ的な視点を入れているのがとても面白い。
 
 そして3話で世界が何故こうなってしまったのかが描かれ、ナツメが力をつけ、かの力に認められていく成長物語と、カブラギが本格的にシステムに反旗を翻していく物語が並行して描かれます。物語開始当初こそシステムに従い、ただ死ぬのを待つだけだったカブラギが、ナツメというバグと出会い、管理された世界ではなく、バグがある不確定な世界を選びとって共に勝ち取っていく様は王道の展開です。しかもそれがスケールアップしていって、最初こそシステムの中での反抗だったのに、それがシステム全てをぶっ壊す方向に触れていくから面白い。合間の矯正施設からの脱出の下りなども見応えがありますし、最終的に皆の総力を結集した王道バトル展開になるなど、ストーリーも良くまとまっています。

 

マトリックス (字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 世界に抗い、管理されたディストピアではなく、自由な世界を手に入れた人類とサイボーグですが、これって主張は「ゲーム」を扱った数多くの作品と同じだと思うんですよね。要するに、「外に出ろ」ってこと。デカダンスのキャッチコピーは「本物ノ感動ガココニアル」だったと思うんですけど、あの興奮と感動は結局は作られたものでした。世界を信じられなくなったナツメがもう一度立ち上がるキッカケになったのは、「カブラギと過ごした時間は本物だった」と気付けたからです。「体験」したことは絶対に消えないし、嘘じゃない。大切なのは世界ではなく、個人の生き様なのだ、と。だから最後のリニューアルされたデカダンスでは、外に出て、サイボーグの体のまま世界を「体験」するものになっていました。この主張は最近だと『レディ・プレイヤー1』でも言われていたことでした。後は「自分の人生を律することこそが大切」という結論には、不確定ばかりの人類へのちょっとした讃歌にもなってはいる。
 
 このように、テーマも良いし、意外性と王道を良いバランスで描いた脚本も素晴らしい。12話で描くという面では、申し分ない出来の作品でした。しかし、それであるが故に、「惜しい」作品でもあると思いました。1クールで上手くまとめたとは思うですが、2クールあれば、もっと深く描けることができただろうに、と思ってしまったからです。例えば、世界が自分の思っていたものと違っていて、何も信じられなくなってしまったナツメももっとしっかりと描けただろうし、システム側も紋切り型の「敵」ではない描き方もできただろうし、タンカー達のドラマも描けたと思うんだよなぁ。そしたら、本作はもっと厚みと深みのある良い作品になれたと思うのです。そのポテンシャルは十分にあったと思います。こんなことを思ってしまいましたが、全体としては十分良作でした。
 
 

 ゲーム世界の話。

inosuken.hatenablog.com

 

 立川譲監督作。

inosuken.hatenablog.com

 

2020年夏アニメ感想②【やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完】

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☆☆☆☆★(4.5/5)

 

 

 今期は、①4月に放送開始されたものの延期して夏に仕切り直して放送された作品と、②4月放送予定だったものの7月に放送開始そのものが延期された作品の2種類があるため、①に関しては「春アニメ」として、②に関しては「夏アニメ」としてカウントします。
 
 渡航先生原作、ぽんかん⑧先生イラストで、小学館ガガガ文庫より発売されていた「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」を原作とするアニメ作品。本作でシリーズは3作目となり、同時に完結篇でもあります。スタッフは基本的には「続」から継続で、制作はfeel.、監督は及川啓さん、そして脚本は大知慶一郎さんです。私は原作は既読で、TVシリーズももちろん視聴済み。そして今回は過去のシリーズで不満だった点が解消される可能性が大ということで、結構期待して視聴を始めました。
 
 この記事は「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完(以降、「俺ガイル完」)」の感想記事なのですが、作品の内容そのものに関しては原作⑭巻の感想である程度(「俺ガイル」シリーズは既存のラブコメラノベ脱構築作品であること)は書いてしまいました。なので、今回は私自身がアニメ版で感じたことと、彼ら彼女らが求めた「本物」とは何だったのかを、言語化してみようと思います。
 まず、アニメ化における感想ですが、触れておきたいのは尺です。本作は、尺取りが完璧なのです。これまでのシリーズは、5~6巻分を1クールでやっていたため、尺がキツキツだったり、カット部分が大量にありました。それでも1期の頃は原作が短編集みたいな内容で、本筋に直結する内容がそこまで多くなかったため何とかなっていました。しかし、長編化が進んだ⑦~⑪をアニメ化した「続」は明らかに尺が足りてなく、個人的には残念な出来になってしまった印象です(かなり頑張って押し込んでいたけど)。それは詰め込み過ぎなだけではなく、演出にも問題が出ていたと思っていて、原作をとにかく「押し込んだ」だけな印象を受けました。そこへ行くと今回の「完」は⑫~⑭の3巻分を12話でやるという超良心設計。これまでのシリーズとは違ってカットもほとんどなく、尺をたっぷりと使って演出をし、キャラ毎の心情を描けていたなぁと思います。
 
 演出の話に行くと、これはシリーズ通して言えることなのですが、空間演出が良かったです。シリーズ通して奉仕部の部室という空間が非常に重要で、本作ではほとんど出てこないのですが、あの空間にあの3人のかけがえのない時間があって、シリーズを通してそれを描いてきました。だからこそ、12話の最後であの5人が一緒に部室の中で映ったカットから、「俺ガイル」という作品が行き着いた「新しい、本物の関係」が始まるということを強調できていたと思います。
 
 また、別な点では視線のやり取りですね。「俺ガイル」という作品は会話劇が基本で、第2部ともいえる⑦巻からは微妙な人間関係の物語になります。そこで、1期以上に視線や会話の演出に力が入りました。「完」でもそれは健在で、会話や視線の導線、会話を受けたキャラの反応をしっかりとアップで描いたり、キャラの気持ちに寄り添った演出をしているのです。特に素晴らしいなと感じたのは11話で、2人のヒロインに対する八幡の答えをしっかりと描いてて、ちょっと泣いちゃったよ。
 さて、演出まわりはこれくらいにして、「本物」の話をしましょう。それを理解する鍵になるのは雪ノ下陽乃だと思っています。彼女を見て、八幡さんはこのような感想を抱きました。「強化外骨格みたいな外面」だと。要は「周りと上手くやっていく」達人なんですよね、彼女は。そしてそんな彼女だからこそ、それが如何に空虚化が分かっていて、だから、八幡さんと雪乃にちょっかいを出す。自分が手に入れられなかった「本物」を追い求めているから。「そんなものはない」と言いつつ、実は彼女が一番「本物」を追い求めているのだと思います。陽乃にちょっかいを出された雪乃は「上手くやれる」と言います。これは八幡さんと結衣が結ばれても、何も変わらずに「表面上は」付き合えるということ。しかし、こうすることで、雪乃の、そして八幡さんの「本物」の気持ちが抑え込まれ、「偽物」の関係が続いていきます。陽乃が断罪しているのはそこです。ちなみに、「偽物」と言える関係を意図的に継続しているのが葉山達です。
 
 また、別のところでは、陽乃は八幡さんと雪乃の関係にもちょっかいを入れます。「共依存」だと。つまり、八幡さんは雪乃を助けることで満足感を覚え、雪乃はすがってしまう。そんな関係だと言うのです。そしてそれも「本物」ではないと。これはメタ的に言えばライトノベルのラブコメにおける主人公とヒロインの関係性への批評になっているとおもいます。陽乃は3人の関係に終始疑問を投げかけ、「本物」があるのかどうか確かめようとしている存在なのです。
 自分の気持ちに正直になる。これは簡単なようでいてとても難しい。奉仕部の3人を例に出せば、誰かの気持ちを優先すれば、決定的に関係が変わってしまうから。だからあの3人は「偽物」のぬるま湯の関係を選ぼうとするわけです。そしてそれは陽乃が続けてきたことでもあります。「偽物」の関係を続ければ、失うものは何もない。でも、「何か」が決定的に変わってしまう。それは何かを手に入れるために何かを犠牲にすることで、この場合犠牲になるのは結衣です。そしてこれは実人生の話でもあります。人生は「選ばなかった」関係があり、「選んだ」関係がある。人生はこれの繰り返しであり、だからこそ面白いし、辛くもある。それがないと、本物の友達がいない、空虚な人生になってしまう。
 
 しかし、八幡さんと雪乃は2人にとっての「本物」を選びます。あの告白は最高でした。2人は、関係を選んだのです。しかしこうなると不憫なのが結衣。ずっと2人を見守ってきた彼女ですが、最後は結局選ばれない。でも、だからこそ、最後に奉仕部に来た時が感動的なのです。これは1期1話のやり直しであり(だからユキトキがかかったんだと思う)、またあの3人の新しい関係が始まるのですから。「俺ガイル」シリーズの帰結が素晴らしい点はここで、「1度崩れた関係も、また新しく作り直すことができる」と示しているのです。つまり本作は、これまでずっと間違え続けてきた彼ら彼女らが、また少しだけ「正しい」関係に移るまでの物語なのです。さらに、八幡さんが人間関係を獲得する物語でもあります。そしてこれは既存のラブコメ作品の批評的な側面を持つもので、本作がラノベ脱構築作品だと思う故です。長くなりましたが、私からは以上です。
 
 

 原作感想です。

inosuken.hatenablog.com

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 似た感じの作品。

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今、日本沈没で「日本人」を問い直す【日本沈没2020】感想

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☆☆☆(3/5)
 
 
 1973年に小松左京が発表した伝説的SF小説のアニメ化作品。実写ならば映画でもドラマでも何回か作られてきましたが、アニメーション作品は初。しかも制作はNETFLIXで、監督はTVアニメ「四畳半神話大系」、「DEVILMAN cry baby」、映画『マインドゲーム』などで知られる鬼才・湯浅政明。彼がNETFLIXと組んで制作した「DEVILMAN cry baby」は凄い傑作だったので、今年かなり期待していた作品でした。そしてコロナ禍の今、ちょっと時期的にタイムリーな題材になってしまったという点でも興味がありました。
 
 本作と原作の最大の相違点は、「視点の違い」です。原作では、『シン・ゴジラ』よろしく「政府」の視点で物語が進んでいて、「日本が沈没する」という未曽有の危機に対し、どう対応したのか、という点が苦悩と共に描かれていました。原作は「プレートテクトニクス」の理論を用いて「日本沈没」をシュミレートし、「日本経済はどうなるのか」、「諸外国はどのような反応を示すのか」、そして、「国土を失った日本人は日本の地でなくとも、「日本人」として生きていけるのか」、という点を問うた作品でした。私は原作をこの機に読んだのですけど、このシュミレーションが現代でも全然通用するもので、今読んでも凄く面白い作品でした。
 
日本沈没(上) (角川文庫)

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  • 作者:小松 左京
  • 発売日: 2020/04/24
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 本作では、この視点を大胆に転換し、「1つの家族」の視点に絞っています。それはかなり徹底されていて、原作で描かれていた「政府」が全く出てきません。小野寺は登場しますが、もう1人の重要人物である田所博士に至っては名前しか出てきません。しかも、主人公一行が出会った人がその後どうなったのか、は基本的に描かれず、2話で分かれた一行もどうなったのか明確には描かれません(一応、最終話で1人生き残っているのは確認できる)。また、実際の災害も主人公一行が目にするものしか描かれず、「神の視点」が無いです。だから日本沈没のシーンは明確には無く、いつのまにか海の中に沈んでいます。
 
 以上のように、本作の視点は徹底してミクロなのですが、そこで描かれていることは原作が描こうとしたことと同じです。つまり、「日本が沈み、国土を失った日本人はどうなるのか」ということです。小松左京先生が執筆した第1部は日本が沈み、「日本人には、これから苦悩の日々が待っているだろう・・・」と匂わせるだけで終わっていました。要は難民になるわけですからね。本作は視点を1家族に絞ったことで、原作の災害に対して、そのとき、普通の国民はどう思っていたのか、を描き出そうとします。だから本作は原作と表裏一体の関係であると言えます。そしてこの答えが示されるのが9話のラップであり、最終話のモンタージュなのです。そこでは、「これまで生きてきた賢明な人々の積み重ねが、今の私を作っている」という歩のモノローグにより、原作への回答がなされています。これは、原作のトーンから比べると、かなり前向きなものだと思います。
 
 また、主人公一行もなかなか面白い面子です。まず主人公は混血であり、父親は日本人なのですが、母親はフィリピンのセブ島の出身です。そして歩は将来を期待されている陸上選手で、剛は半分英語で喋り、日本からは早く出ていきたいと思っている。そして春生は元は陸上選手だったのですけど、今は引きこもり。そしてユーチューバーのカイトというトリックスター。彼は特異な人物で、「国家」に囚われず、自由に生きている人物です。見ていて思うのは、主人公一行は皆ユニークなんですよね。途中から加わる小野寺(原作主人公)にしても寝たきりですし。そんな彼ら彼女らが様々な日本人と出会い、「日本人とは」を彼ら彼女らなりに包括するのが本作です。そして、彼らだからこそ、日本が沈み、そこで起こる諸問題を描けるのだと思います。具体的に言えば中盤の国粋団体のくだりとかね。同時に、彼らだからこそ、「日本人って何?」という問いに対する包括的な答えを考えられるのだと思いました。この点は非常に現代的です。国粋団体(こういう奴らは絶対に出てくる)の人たちみたいに、「純粋な日本人」など、もはや幻想でしかないのですから。
 
日本沈没  [東宝DVD名作セレクション]

日本沈没 [東宝DVD名作セレクション]

  • 発売日: 2015/08/19
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 巷で話題の突っ込みどころ満載の脚本についても、私も困惑はしましたけど、目指そうとしたところは理解できました。つまり、徹底して、ミクロな視点で、「リアルに」やろうというわけです。「リアル」だからキャラもあっさりと退場しますし(前半2人が特に凄い)、主人公一行には日本がどうなっているのかという情報が全く入ってこない。そして、災害が起こったときに起こり得る悪事についてもしっかりと描いています。この点に激怒している人も多いのですけど、人間なのだから悪人はいるし、そもそも美談ならニュースとかで散々やってるので、こういう点を強調するのは悪くないと思います。というか、本作の明確な「悪」と言える人間はごく少数で、多くの人は、私には「悪い人ではないけど、極限状況故に感じが悪い態度をとってしまった」人にしか見えませんでした。私には「あり得る」話だと思えました。最大の問題であるコミューンの下りについては、私は結構笑いながら見たんですけど、極限状況だと、ああいう霊能力にすがる人も増えそうだなと思いましたよ。
 
 「脚本のちぐはぐさ」も、「日本沈没」という特大級の災害をミクロな視点から描いた故だと思います。こういう災害を描く場合だと、一番良いのは原作みたいにマクロ、つまり政府視点で描くことです。しかし本作は一家族のミクロな視点を「リアルに」描いた。1家族は一般人であり、だから全体がどうなっているのか把握できず、色んな人に出会い、「日本人とは」を問い直していくのです。で、視聴者はそれに付き合っているので、何も分からないまま。だからイマイチ作品の全体像がつかめないのだと思います。しかもそれに加えて、3話冒頭みたいに、視聴者の予想の斜め下をいく展開をしたりします(父親が死んで悲しむでもなく、黙々と歩くシーンから始まる)。それがちぐはぐさに拍車をかけているのだと思います。
 
日本沈没2020 ORIGINAL SOUNDTRACK

日本沈没2020 ORIGINAL SOUNDTRACK

  • アーティスト:V.A.
  • 発売日: 2020/08/26
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 以上のように、本作は「日本沈没」をミクロな視点で描こうとした作品だとは思います。そしてその試み自体は悪くはないでしょう。しかし、気になる点も多いのも事実。まずは脚本ですよ。一応は擁護しましたけど、やっぱり看過できない点は多い。特に終盤のカイトです。あれはラッキー過ぎだし、漂流している歩と剛を母親が迎えに来たときとかも都合が良いです。コミューンの下りも必要だったのかなぁと思いますしねー。さらに歩むの足の下りももうちょっと上手くできなかったものですかね。1話は本当に素晴らしかったんですけどね。絶望感が半端なくて。そして次は作画。途中からちょっと看過できないレベルでひどいものになってしまいました。脚本以上に気になってしまいました。
 
 私からは以上です。手放しで絶賛は出来ませんけど、否定はできない。「好きか嫌いか」で言えば「好き」を選ぶ。そんな作品です。とにかく、湯浅監督なりのアプローチで小松左京の「日本沈没」をアニメ化してみせたという一点で、私は興味深く視聴しました。
 
 

2020年秋アニメ視聴予定作品一覧

 もう早いもので、9月も終わりです。夏アニメは新型コロナウイルスの影響を受け、放送作品が激減。代わりに再放送が充実するという思わぬ効果がありました。私個人としては、新作が少なくなったことで、過去の作品を見返す時間ができたことが思わぬ効果でしたが、新作が少ないのはやっぱり寂しいものです。そんな寂しさを感じさせた夏アニメも終わり、秋アニメの視聴予定作品を晒したいと思います。

 

2020年夏アニメ視聴継続作品

「GREAT PRETENDER」

 

2020年秋アニメ視聴予定作品一覧

ひぐらしのなく頃に

「呪術廻戦」

池袋ウエストゲートパーク

「魔女の旅々」

魔王城でおやすみ

「アサルトリリィ Bouquet」

安達としまむら

おそ松さん(3期)」

「神様になった日」

ストライクウィッチーズ ROAD to BERLIN」

憂国のモリアーティ」

トニカクカワイイ

「よりぬき銀さん ポロリ篇」

「エデン」

 

 視聴予定の作品はご覧の通り15本。平常より少し多め。やっぱり夏アニメが移動したのが効いてるのでしょうか。

 

 そんな中でも、特に期待しているのはそりゃ何と言っても「呪術廻戦」です。原作既読で、今一番はまってる漫画であること、そして制作はMAPPAで、脚本は「BANANA FISH」や「ドロヘドロ」などで素晴らしい仕事をしてくれた瀬古浩司さん、そして監督はアクションに定評のある朴性厚という、期待値高まる布陣。ファンが言ってるように「鬼滅並みにヒットする!」ことは多分ないと思いますけど、原作の面白さは折り紙つきですので、上手くやればかなり良い作品になるかと思います。ただ、気になるのがクール。キャストを見るに1クールでは少しきついので、2クールが妥当なのですが、まだ発表がないので不安です。

 

 また、動画工房2作品は共に楽しみで、らしくない「IWGP 池袋ウエストゲートパーク」と、山崎みつえ監督の「魔王城でおやすみ」と、両極端な内容に期待です。

 

 他にも、「ひぐらしのなく頃に」は2020年の今、どうリメイクするのか気になるし、ブシロード肝入りの「アサルトリリィ」はシャフト枠、「神様になった日」はだーまえ枠という事で見ますし、「おそ松さん」と「ストライクウィッチーズ」は付き合いで見ます。秋アニメはこんな感じです。例によって、話題や評判で見るアニメを増やしていこうと思います。

見事な完結篇にして、優しいおとぎ話【劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン】感想

劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

 
92点
 
 
 2018年の1月から3月にかけて放送され、昨年の9月には外伝も公開された「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の完全新作劇場版にして完結篇。制作はもちろん京都アニメーション。元々今年の1月公開だったのですが、あの事件と新型コロナウイルスの影響で公開が2度延期され、9月にようやっと公開される運びになりました。正直、私は公開には1年ほどかかるだろうと踏んでいたので、年内に公開してくださったスタッフの皆様には感謝しかありません。とりあえず原作は読んでいないのですけどアニメシリーズは全て追っているので、鑑賞しました。
 
 TVシリーズは「武器」として使われ、心を失くしていたヴァイオレットが、ギルベルトが遺した「あいしてる」の意味を探す物語でした。そのためにヴァイオレットは他者の手紙を代筆する自動手記人形の仕事に就き、様々な人と触れ合い、手紙を書き、そこに込められた想いを見つけ、「心」を獲得していきました。「武器」ではなく、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」という個人として、「何にでもなれる」と述べた9話で、一応の決着を見たと思います。
 
 『外伝』においては、このシリーズが持っていた「想いを伝える」ことをもう一度描き、同時にTVシリーズでは描写不足だった配達員にフィーチャーしてみせたまさしく外伝と呼ぶにふさわしい、本編の補完的な内容でした。詳しくは感想書きましたので、そっち読んでください(投げやり)。

 

 

 そして公開された本作は、TVシリーズ、『外伝』を含め、包括し、まとめ上げた見事な完結篇だったと思います。「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」個人の人生の物語の締めくくりとしてもそうですし、時代の変遷を描いた大河としても、「あいしてる」を探す物語の完結篇としても見事だったと思います。
 
 本シリーズのメインテーマとして、「想いを伝える」ということがあったと思います。そしてその手段として「手紙」がありました。本作で何を「伝える」のかと言うと、ヴァイオレットが見つけた、「あいしてる」という気持ちです。本作は、これをギルベルトに伝える愛の物語です。この点で、本作においては、「距離」が強調されています。それは物理的な距離もそうですが、心情的な距離を表現するために「扉越しの会話」というオーソドックスな演出も見せてくれます。「あいしてる」を見つけたヴァイオレットですが、それを伝えるべきギルベルトとの間には、長い距離があるのです。
 
 そしてこの「距離」の最たるものが「海」だと思います。本作で海は何度も出てきて、重要な要素となっています。そしてヴァイオレットとギルベルトが住んでいる場所は、海で隔てられています。これが最も遠い距離だと思います。そして同時に、この「海」というものは、もう1つの意味も持っていると考えていて、それが「死者が眠る場所」ということです。冒頭と中盤で出てきたように、海ではかつての戦争で亡くなった人を悼む催しが開かれています。これによって、物理的な距離以上に、「死」という乗り越えられない距離が2人を隔てているのです。つまり本作において「海」とは、「物理的な距離」と、「死」という心情的な距離の2つの役割があるのかなと思いました。ただ、これが一気に反転するのがラストなのですけど、それは後で書きます。
 そしてもう1つ印象に残ったのが「不在」の演出。劇中では、何度かヴァイオレットの隣がぽっかりと空いたシーンがあり、それはシネスコのスクリーンを一杯に使って演出されていました。これはヴァイオレットの心が未だに埋まらないことも示していると思います。
 
 そして、ここで視点をもう1つ増やします、ホッジンズです。彼はヴァイオレットを娘のように思っていて、常に気にかけています。なので、彼の隣には常にヴァイオレットがいるのですが、本作はヴァイオレットが彼の隣からいなくなる物語でもあります。それがもう1つの「隣」であり、本作は、ホッジンズの「子離れ」的な話でもあるのです。そして同時に彼は、観客と視点を同化した存在だと思っていて、彼の隣からヴァイオレットがいなくなることに、かなりの喪失感を覚えます。だから花火の時は凄く切なくなる。そしてホッジンズの隣から離れたラストシーンでは、指を繋いで、2人一緒に画面に収まっているのです。この上なく幸せそうな感じで。
 
 「距離」と「不在」という遠すぎる間を繋ぐのは、本作の最重要テーマ、「手紙」です。遠すぎた2人の心を繋ぐのはヴァイオレットが最後に書いた手紙であり、それが「みちしるべ」をBGMにして一気に感情を高め、ラストの超エモーショナル大展開に繋がってくるのです。あのシーンでは「手紙」で伝えた想いと、物理的に2人は近づき、「海」で抱擁します。ここで「死」と「距離」という隔てるだけだった「海」は、2人を繋ぐ中間として機能します。それはさながら、「生命の海」のごとく、「愛」を生む場所となったのかもしれません。全て憶測です。あのシーンは本当に一大スペクタクルだったと思います。
 最後に、本作の構造について。これまで触れてきませんでしたが、本作には2つの時系列があります。ヴァイオレットたちがいる「現在」と、10話に出てきたアンの孫であるデイジーがヴァイオレットの足跡をたどる「未来」です。ぶっちゃけ、デイジー篇は「現在」と言った方がいいのですけど、敢えてこう分けます。デイジーが「過去の出来事」としてヴァイオレットの足跡をたどることで、本作そのものを「御伽噺」化させています。ヴァイオレットの物語を「幸せに暮らしましたとさ」という物語として総括させているのです。
 
 そしてこの物語は、アンへのあの手紙から始まりました。デイジーはヴァイオレットの足跡をたどり、最後に手紙で想いを伝えます。手紙を出すのに使った切手にはヴァイオレットの姿があり、彼女は、まだ人々の想いを伝えているのだと示します。時代が変わっても、変わらないものはあって、それは人の気持ちや想いで、それを伝えあって、人は生きていて、歴史を作っている。そしてその傍らにはヴァイオレットの姿があるのだという、見事な締め括りでした。感無量です。
 
 

 外伝とTV(1話)の感想です。

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 京アニTVアニメ。

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