暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

喪失を乗り越え、再生する人々【凪待ち】感想

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93点

 

 

 凪とは、風が止んで、波がなくなり、海面が静まること。本作のタイトルは、それを待つことを意味します。そこには、震災で被災した街が復興すること、ギャンブル依存症で、愛する人を失った郁男がもう一度歩き出す姿と、「新しい地図」として再始動する香取慎吾の姿が重ねられています。私は香取慎吾のファンというわけではないのですが、白石和彌監督の最新作ということで鑑賞しました。

 

 本作を鑑賞してまず感じたことは、役者の素晴らしさ。パンフレットでも宇野維正さんが書かれていた通り、登場人物全員にリアリティがあります。郁男の恋人、亜弓とか、DV夫の村上とか。皆、完全に善人というわけではなく、どこかダメな面を持っているのです。中でも、個人的に素晴らしいと感じたのが、美波(直接的には言及されないけど、この子は多分アニヲタ)の友人の翔太ですね。南の前でタバコを吸おうとして取り上げられたときの、未成年なのに「大丈夫だよ、俺社会人だから」と言って喫煙を正当化しようとしたシーンが最高でした。本当にああいうこと言う奴いたので。リリー・フランキーリリー・フランキーでした。

 

 ただ、本作で最も素晴らしかったのは、香取慎吾でした。郁男はギャンブルを抜きにしても全編通して本当にダメな奴です。引っ越し業者が来ても美波とモンハンやってるし、美波と亜弓の喧嘩のときも黙ってるだけだし。しかし、香取慎吾が持つ持ち前の愛嬌みたいなものが出ていて、おかげでそこまで憎めない存在になっていましたし、同時に「ダメなんだけど心の底では優しい奴」みたいな感じを出ていました。

 

新しい地図 join ミュージック ソングス

新しい地図 join ミュージック ソングス

 

 

 本作の主な舞台は宮城県石巻市です。言うまでもなく東日本大震災で甚大な被害を受けた場所です。郁男が移ってきたときに映される光景を見ると、「8年経ってまだこの状態かよ」と愕然としますが(オリンピックとかやってる場合じゃねぇぞ、マジで)、本作では、あの震災が重要な要素となっています。あの震災では、あまりにも多くの人間の命が奪われました。大切な人を失った人もいます。本作で出てくる亜弓の父、勝美のように。そしてその姿は、中盤、亜弓を失った郁男の姿と重なります。「自分のせいで亜弓が死んだ」と後悔する姿は、勝美の姿と同じです。脚本家を調べてみると、『彼女の人生は間違いじゃない』の加藤正人さん。なるほど。

 

 ここから郁男は、何度もギャンブルにのめり込み(この際の画面が回転する演出が見事)、積み上げたもの、他人からの助け船をことごとく台無しにしていきます。本当にダメな奴なのですが、その度に周りの人間が寄り添い、助け舟を出します。この点は都合良すぎとか思われるかもしれませんが、その点に関しては、ナベさんこと、渡邊の末路がリアル路線なので、描き方のバランスは取れていると思います。

 

 また、この郁男がナベさんのニュースを見たシーンを観て、「犯罪を犯してしまう人間」について考えさせられます。所謂、「無敵の人」ってのはこうして生まれるのだなと。事件だけを切り取ればただの暴力事件ですが、そこまでの過程を見せられている我々からすれば、あれは会社に、そして社会から見放された男が最終的にやらかした行為であり、我々とも無縁なことではありません。これを回避するためには、本当に面倒くさいのですが、郁男に周りの人間がしたように、助け舟を出すしかないのです。これには、もちろん本人の立ち直ろうとする意志が不可欠なのですが。

 

凪待ち

凪待ち

 

 

 本作の真に重要なシーンは、エンディングです。あそこに移っていたものは、かつての幸せの形であり、アレを映したことで、本作のテーマである「喪失と再生」のドラマがそのままあの震災と繋がります。

 

 「大切な人を失った人たちの再生」を描いた本作。しかし、ラストでも彼らの道筋はそこまで明るいものではありません。まだ「凪」は訪れていない。その姿は、東北の街と同じです。ただ、喪失を乗り越えて前に進むしかない彼らの姿が、少しだけ希望を感じさせます。

 

 

同じく、最低な人間達のドラマ。

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 東映と作った、アウトロー映画。

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2018年秋アニメ感想⑨【ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】

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 2012年より始まった、日本を代表する傑作漫画「ジョジョの奇妙な冒険」のTVアニメ化第4弾。2012年に第1部が始まる前はマイナスな意見ばかりが溢れかえっていましたが、スタッフの「覚悟」と熱意により、ファンの信頼を獲得。今やdavid production制作の本シリーズは、ジョジョファン以外にも、アニメファンにとっても信頼のコンテンツとなりました。ファンの思い入れの強さを考えれば、「ジョジョ」が第5部まで途切れることもなく制作され続けているという状況は、誤解を恐れずにいれば『アベンジャーズ』がここまで続いている事とほぼ同じくらい奇跡的なことだと思っています。私だって原作は以前より読んでいますし、このTVアニメシリーズだって第1部から追っています。なので第5部にあたる本作を見ない理由など存在するはずもなく、視聴しました。

 

 視聴してみると、本作は前シーズンと同じく、原作を忠実に再現している作品であり、大変楽しめました。また、それ以上に本作は、これまでこのTVアニメシリーズが培ってきたノウハウが全て詰め込まれて、この「黄金の風」が作られているとも感じました。

 

 

 本作の内容に関しては言うまでもありません。「運命」という既に決まっている「結果」に対し、抗い、自らの道を切り開いた者たちの話です。ディアボロキング・クリムゾンは「過程をすっ飛ばす」能力で、彼はそれによって「人生の絶頂にい続ける」男でした。そんなディアボロに対し、主人公たちは「真実に向かおうとする意志」を持ち、エピローグで明らかになる「結果」は変えられないながらも、運命に抗ったことで、大きく世界を変えました。本作の肝はこの点にあり、「運命が決まっていたとしても、それに抗い、真実に向かう意志を持ち進んでいく」ことの尊さ、気高さがカッコよく、何なら人生観にすらも影響を受けます。このメッセージ性が、5部の魅力の1つです。

 

 そしてもう1つは、最高なスタンドバトル。1つ1つのバトルがやはり素晴らしい。3部のパワーでごり押しするようなバトルと、4部にあった頭脳戦メインのバトルの良いとこ取りのようなバトルで、毎回分刻みで有利不利が変わっていく展開を完璧に再現していました。また、ファンは皆楽しみにしていた無駄無駄ラッシュには特別の原画チームを設けたりして、スタッフの覚悟がそこかしこに見える作りでした。

 

ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30~39巻)セット (集英社文庫(コミック版))

ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30~39巻)セット (集英社文庫(コミック版))

 

 

 さて、最初に書いた「これまでのノウハウが培われている点」についてですが、それは「原作の程よいアニメ化」です。

 

 第1部では、初めてということもあり、原作のシーンを本当に忠実に、それこそ原作とほぼ同じ構図で再現していたり、かなりおっかなびっくりと作っていたことが伺えます。しかし、第2部からはおっかなびっくり感はあるものの、多少余裕が出てきたのか、アニオリを入れたりしていました。

 

 そして続く第3部。4クールということもあり、ここからスタッフの余裕が見え始めたと思います。尺がたっぷりあるためか、原作で描かれなかった点を良い感じに補完してくれるアニオリシーンを随所に入れ、その上で全体の構成をいじったりし始めたのです。この点に関しては原作の矛盾を原作の良さを壊さない程度にやってくれていて、私としては満足のいくものでした。1部、2部が驚異的なスピードで進んでいったことと比べると、ややゆったりしている感も出ました。ですが、3部はロード・ムービー的な側面もあるので、彼らの活躍をじっくりやってくれて、それがラストの感動に繋がっていたと思います。

 

 

 最後に、第4部では補完のアニオリの他に、時系列のシャッフルを敢行。尺が少ないながら、何とか収めていました。

 

 さて、これを踏まえての第5部では、これまで培ってきたストーリーの取捨選択力、そして原作の補完のアニオリの挿入が非常に上手くいっているのです。特に5部は実質2週間ほどの出来事なので、それを視聴者に体感させるためにスピード感は命。本作では原作を上手く取捨選択してテンポよくストーリーを進めています。しかも、そこにきっちりと補完するアニオリをさりげなく、しかし効果的に入れている。私はこういう点にスタッフの小慣れ感というか、精錬された手腕を見ました。

 

 私は、原作はそれまでの「ジョジョ」シリーズで培われたものが上手く出ている内容だと思っています。そしてそのアニメ化である本作は、やはりそれまでのTVアニメ作品で培われたものが出ている作品でした。要は素晴らしかったということです。6部、待ってます。

 

 

実写版。こっちは支持を得られませんでした。残念。悪くないのに・・・。

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 同じくdavid production 制作の作品。

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【僕たちは希望という名の列車に乗った】感想

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93点

 

 

 1956年の東ドイツを舞台にした作品。非常に評判が良いので鑑賞しました。鑑賞したのは実は5月の末。忙しさにかまけて感想を書くことができず、ここまで延び延びになってしまいました。いい加減書かないと内容とか、映画を鑑賞したの感想が消えてしまいますので、遂に重い腰を上げた次第です。

 

 本作の主要な登場人物は、当時スターリンシュタットの高校に通っていた、特進クラスの高校生たち。彼らのリーダー格である秀才、テオとクルトの提案で、ハンガリー独立運動の犠牲者に対して2分間の黙祷をささげたことが物語の発端となっています。この行為自体は全く咎められるものではありません。民主主義をきちんと機能させている国家であれば、何の問題にもしません。しかし、本作の舞台は1956年、ソ連支配下にあった東ドイツ。当時のソ連を考えれば、この、共産主義に対する反抗ともとられかねない行為は、大問題になります。最初は軽い気持ちで行った行為によって、事態がどんどん悪化していき、遂には国家レベルの事態になっていく。何の力も持っていない高校生にとっては、恐怖以外の何物でもありません。

 

沈黙する教室 1956年東ドイツ?自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語

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 国家レベルの事態になった際に出てくる権力者側の追及が本当にえげつない。高校生たちの浅知恵を情報操作や言葉によって疑心暗鬼にさせたり、西側に対して不信感を募らせるように誘導し、彼らを追い詰めていく様は巧みながら、演じている女優さんの力量も相まって、非常に恐ろしい。

 

 さらに、権力者側でなくとも、高校生たちの両親も彼らへの追及や、追い込みに一役買ってしまっています。もちろんこれは悪意があってのことではなく、子供の将来を考えての事。高校生たちは、20歳にもならないうちに、人生の選択を迫られてしまうのです。

 

 多分に政治的な内容をはらんでいる本作ですが、それと同じくらいウェイトを占めているのが2つあります。その1つは、高校生たちの友情物語としての側面。権力者側の追及によって疑心暗鬼になりながらも、友だちのために最後まで抵抗を続け、また友だちのために自分の将来を諦めるという選択は、観ていて胸が熱くなりました。最後の「握手」がこれまた最高です。

 

 もう1つは世代間の対立という側面。上記のように、大人は高校生たちを思いとどまらせようと権力に協力する形になってしまいますが、同時に、これには自分たちのやってきたことを否定されたくないからでもあります。本作で出てくる大人は、西暦から考えて、ナチスと戦っていた世代でしょう。彼らはナチスの独裁に立ち向かい、今の国家を作り上げたのです。まぁそれが似たような体制になっているのは皮肉でしかないのですが、この点を肯定してしまうと、彼らはナチスと同じであると認めてしまうようなものなのです。

 

 大人に対して、高校生たちにとっては、ナチス時代など遠い記憶。むしろ印象に残っているのは、今の大人が作り出した、この不自由な国家なのです。だからこそ、ラストのもう1つの「握手」は印象的でした。「自分たちは、親世代とは違う決断をする」という意思表示に思えたからです。

 

 そして映画は、その後に続いて「列車」に乗った高校生、中でもテオの表情を映して終わります。その表情は、これから待つ明るい「希望」への期待や、それでもこの先に何があるかは分からないという不安、しかし、それを乗り越えて生きていこうという意思に満ちているものだったと思います。素晴らしい作品でした。

 

 

 

まったく作風は違いますが、本作は米ソ冷戦下のベルリンが舞台です。

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 ナチス・ドイツの物語。こっちもこっちで怖い。

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静かだけど、情熱的な映画【COLD WAR あの歌、2つの心】感想

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75点

 

 

 初ポーランド映画。鑑賞理由は簡単で、本作がアカデミー賞外国語映画部門にノミネートされたから。公開規模的にすぐに終わってしまいそうな気配だったので、公開後、すぐに鑑賞してきました。だから1カ月越の感想になります。受賞歴、ポーランド映画、白黒ということから、さぞ通好みの映画なのだろうと思い、気合を入れて鑑賞してみました。

 

 しかし、鑑賞してみれば、本作はあまりにもストレートな男女の愛の物語であり、静かながら、非常にしっかりとした、力強い作品だと感じました。

 

 本作は上記のように、男女の愛の物語です。冷戦時代、ソ連支配下だったポーランドという激動の舞台で運命的に惹かれあった2人を描いています。こう書くと、いくらでもドラマチックな展開にできると思います。実際、劇中ではドラマチックな展開は起こっているのですが、それは画面には映されません。徹底して排除されています。その合間合間は、我々が想像で補うしかありません。パンフレットで、監督のパヴェウ・パヴリコフスキは伝記映画が嫌いだと明かし、この省略方法に辿り着いたと語っています。これには、監督がドキュメンタリー出身というキャリアが関係している気がしていて、そう考えると、本作の徹底された傍観視点も納得です。

 

 そこで、映画を纏めているのが音楽です。私には正直分からないのですが、パンフレットによれば、本作は現実世界のポーランドの音楽の歴史ともリンクする部分があるらしいです。その代表的なものが「オヨヨーイ」という、おそらく1度耳にしたら中々忘れることができない歌「2つの心」。劇中では、この歌によって、2人の関係性、感情が示されています。

 

Cold War (Original Motion Picture Soundtrack)

Cold War (Original Motion Picture Soundtrack)

 

 

 「男女の物語」としても結構面白いと考えていて、最初こそ、女性が男性を追いかけていたわけですが、中盤からその関係性が逆転して、「男が女を追う」構図に女性側が仕組むわけですね。そして男がその覚悟を示したら、2人は結ばれるわけですね。

 

 ただ、この2人、観ていると分かる通り、くっついたり離れたりしているわけです。それは冷戦下という激動の時代性にも原因はあるのでしょうが、本編中では、2人に安息の場所はありません。だからこそ、ラストで2人が画面の「外」に出て、風がサーッと吹いて草を揺らした瞬間、映画的に素晴らしいその瞬間に静かな感動があるわけです。静かながらも、非常に情熱的な映画でした。

 

 

同じく、アカデミー賞外国語映画賞を争った作品。こっちも白黒。

inosuken.hatenablog.com

 

 同じく、アカデミー賞外国語映画賞を争った作品。

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【ブルース・ブラザーズ】感想

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75点

 

 

 1980年に公開され、今なお根強いファンが多くいる本作。私も以前から存在は知っていて、1度観てみたいなぁと思っていました。そんなところに舞い込んだ午前十時の映画祭での上映。今回は映画ファンの投票が参考にされてラインナップが決まったので、ここでも作品への根強い人気を感じました。この週は特に観たい映画もないので、映画館にて鑑賞しました。

 

 鑑賞してみると、本作は全編ノリと勢いで作られているかなりハチャメチャな作品でした。しかし、その突っ走っている姿勢、唐突にかかる音楽と、それに合わせたダンスのカッコよさを以てして十分に観られる作品で、私は楽しめました。

 

 本作の魅力は、上述の通り音楽だと思うのですが、それと同じくらい印象的なのが主人公である2人、「ブルース・ブラザーズ」です。終始黒のスーツにパンツ、頭にはハット、顔にはサングラス(もちろん黒!)を着込み、縦横無尽に活躍します。その活躍ぶりは、冒頭、刑務所から出てきたことから分かるように、社会の規範に縛られないアウトローのそれ。

 

The Blues Brothers

The Blues Brothers

 

 

 そう、彼らは「アウトロー」なのです。世間の常識に縛られず、ひたすらに我が道を行く。だから服装も黒のスーツとサングラスでビシッと決めているのです。「俺たちは何者にも染まらない」と宣言しているように。だからこそ、ネオナチの集団に突っ込んでいったり、警官とカーチェイスを繰り広げたりするわけです。・・・メンバーの集め方とか、結構いい加減だったり純粋に酷かったりするのですが。

 

 アウトローである彼らですが、もちろん大切なものを持っています。ストーリーは、自分たちにとって大切な孤児院を守るための資金集めとして、「神の啓示」を受けた2人がバンドを再結成させるというものです。彼らは社会のつまはじき者かもしれませんが、本当に大切な物は何か知っている。そしてそれに向かってひたすらに前に進むのです。その姿がカッコいいのだと思います。

 

 本作の大きな魅力として、音楽があります。本作はサタデー・ナイト・ライブが大元ということもあってか、プロのミュージシャンが何人も出演し、その音楽を披露してくれます。そしてそれに合わせて、キレのいいダンスが始まるのです。ここはビジュアル的にもカッコいい。

 

 ストーリーはハチャメチャでも、音楽とダンス、そして2人の個性で観てしまえる作品で、私は結構楽しめました。

 

 

ミュージカル・カーアクション映画。これは傑作でした。

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 内容はまるで違いますが、これもめちゃくちゃなミュージカル映画でした。

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言いたいことはあるけど、姿勢は大いに買います【新聞記者】感想

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60点

 

 

 ジャーナリスト、望月衣塑子さんの著作「新聞記者」を原案とした社会派映画。日本映画というのは政治的な映画が非常に少なく(この辺に関してはちょっと言いたいことがある)、お隣の韓国やハリウッド等が政治的な内容をエンタメに上手く落とし込んでいる映画が多いのとよく比較されています。そんな中公開されたのが本作。原案が原案なので現政権を批判的に描いた作品になる事は明白であり、公開前、そして公開後もその界隈では話題沸騰中の作品。私もね、そりゃ今の政権には大変ゲンナリしていて早く引きずりおろしたいと思っているので、その手の内容は楽しめるのではないかと思いました、しかも、監督は『青の帰り道』を撮った藤井道人さん。同作は非常に良い映画だったので、期待値は倍増しておりました。

 

 鑑賞してみると、基本的には面白かったのですが、言いたいこともある作品でした。この点をこれから書いてみます。

 

新聞記者 (角川新書)

新聞記者 (角川新書)

 

 

 本作の基本的なストーリーは、帰国子女の新聞記者、吉岡(ジム・ウンギョン)が、若手官僚である杉原(松坂桃李)とともに大学新設計計画の告発(加計学園森友学園)をもとに調査を進めるというサスペンス。本作はあくまでフィクションなので、現実で起こった事件をもとにしているだけです。しかし、劇中で挟まれる映像は実際に使われたものを放送しており、「フィクションだけど、これは現実とも地続きですよ」と示しています。他にも、山口敬之さんの昏睡レイプ事件を基にした記者会見や、それに伴う無自覚なクソ男どもの発言とか、SNS上のどうしようもないヘイトなど、日本の暗澹たる部分を見せている下りはとても良かったです。この日本の息苦しさを描くという点は、『青の帰り道』を彷彿とさせる感じもあります。

 

 ただ、内調の描き方は少し露骨すぎるかなと思いました。ドキュメンタリーチックに動くカメラと、生活感のある美術で撮られた新聞社側に対し、内調は動きの少ないカメラで、室内を暗闇にして、人間味が無いように撮られています。今時その撮り方はどうなんだとは思いましたが、敵味方をハッキリさせるためなのかなぁと。

 

青の帰り道 [Blu-ray]

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 タイトルは「新聞記者」であり、主人公もそうです。しかし、本作の真の主人公と言える存在は、杉原です。彼は尊敬する上司の死をきっかけにして政府に対し疑問を持ち、吉岡の調査に協力します。彼が官僚になったのは「国民のため」でした。それがいつしか国家の都合のいいように動かされている。杉原はここに疑問を持ち、葛藤を乗り越えるのです。そのキッカケとなったのが出産であり、「未来の子供たちのため」という動機が見えます。おそらく、劇中で制作者が問いかけたかったのはこの点ではないかと思います。「子供たちのため、この国の未来のため、立ち上がるのは今だ」と。杉原の姿は、その象徴です。だからこそ、ラストはあんな終わり方だったのかなと。つまり、ここからは、あなた次第だよという。

 

 こういったメッセージはとても良いです。そしてそれをエンタメ作品でやることも。ただ、最後の「陰謀」の真相で一気にフィクションラインが上がった感があって、急に「相棒」みたいになったなと思いました。というより、余談ですが、本作の公開に際して、私、『相棒』シリーズの事を忘れないであげてほしいなと思っております。映画の出来はどうあれ、あのシリーズも社会派として、結構頑張っている方だと思うんですけどね。

 

 

 このように、不満もありますが、ストレートに政権批判する姿勢は買いたいのでこの点数とします。

 

 最近は、「マスコミは信用できない」と言われています。私もそう思っています。しかし、そうは言いつつ、マスコミの影響は絶大です。未だに「雰囲気」を作り出すのは上手いですからね。現政権がここまで長続きしているのも、私はマスコミが結構な部分で貢献していると思いますよ。マスコミがきちんと報道をして、少なくとも民主党政権時代レベルにまで「権力の監視役」としての機能を果たしていれば、すぐに瓦解していると思いますけどね。国民は忘れてしまうものなので、ずっと追及していくことは大切だと思います。モリ・カケ問題も未解決だけど、質問すると「揚げ足取り」とか、「野党が審議の時間を奪っている」と頓珍漢なことを言う人がいるのも、この点が影響していると思いますよ。マジで。

 

 まぁ他にも民主党政権時代のトラウマとかが国民にあるのだろうと思いますけど、政権交代できるくらいの政党を育てるくらいの気持ちでいかないといかんなぁと思います。・・・こんなこと選挙後に言っても仕方ないな。

 

 

ハリウッドの政治批判映画。めちゃくちゃですけど面白かった。

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 割とストレートに政権批判していた作品。

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さすがの安定感【キノの旅XXⅡ-the Beautiful World-】感想

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著:時雨沢恵一

イラスト:黒星紅白

 

出版:株式会社KADOKAWA

 

 久々に本の感想記事です。調べてみたら前回は昨年の12月の「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている⑬」でした。本は人並みには読んでるつもりなので、なるべく本の感想もアップしたいけど、やっぱアニメと映画の感想で手一杯です。無念。

 

 さぁそんな久しぶりの読書感想記事は、またまたラノベ。前巻から実に1年9ヶ月振りに新刊が発売された、「キノの旅XXⅡ」です。毎年1年1冊のペースで刊行されていた本作ですが、時雨沢先生が、本作のアニメ化や、それに伴うプロモーション、それ以外にも「ルパン三世」で脚本を執筆されていたりと大変多忙であったため、ここまで遅くなってしまったのだと思います。私は是非とも2期を作ってほしいと思っているため、時雨沢先生のアニメにおけるご活躍は嬉しい限りです。そう上手くいくものでもないけど、作ってほしいんだよなぁ。賀東招二先生みたいなってほしい。

 

7.62?のミラージュ

7.62?のミラージュ

 

 

 もう巻数にして22巻、年月にして20年続いているシリーズですので、内容はさすがの安定感。確かに、もう何度目も読んだタイプのオチがいまだに出てくるといったマンネリ感もないではないですが、ここまで続いて、しかもそれに付き合ってきた身としてはそんな風には思わず、寧ろ「お、またこのオチか」と逆にそのマンネリを楽しめるレベルにまで達しているので何の問題もありませんでしたね。

 

 収録されている話はどれも流石の安定の出来ばかり。例えば、「取り替える国」。これは貧困とか格差社会を盛り込んだ話です。師匠と相棒の話なので、「武器を持たずに入国」「少女と出会う」という展開から、途中までは2人が身の周りの物のみを使って襲ってくる人間たちと戦うという『イコライザー』的な作品になるのかとワクワクしました。まぁ実際はそんなことはなく、すんなり犯人は見つかってしまうのですが。ただ、最後に語られていたやり取りは、貧富の差を理由に、個人の人権をまるで無視したもの。それをさも正論のように言っており大変胸糞なのですが、現実でも似たようなことを言っている輩が多いのも実状です。だからこそ最後の1発は良かった。

 

 

 また、面白かったのは「来年の予定」。フォトの話なので、明るく、ハートフルな内容なのはもちろんですが、私は時雨沢先生の経歴と重ね合わせ、彼なりの考えを感じとりました。

 

 それは、「大切なのは運だ」ということ(もちろんこれには、そこに辿り着くための努力をしていることが大前提となっています)。2巻において同様のことをキノが言っていたり、フォトの生い立ちであったり、時雨沢先生は、しばしば運の強さを重要視しているかのような気がするのです。

 

 そこへきて今回のこの話。端的に言えば、自分に自信が持てない女性が自分を肯定して成長する話です。しかし、最後の展開は物凄いシンデレラ・ストーリーで、彼女が持っていた能力を発揮する機会を掴み取ったのは、運でした。ちょっとご都合主義すぎな気もしますが、フォトの話なのでギリセーフですね。

 

 そして、こういった展開は、時雨沢先生の経歴と似通っている気がします。時雨沢先生自身が語られている通り、彼が作家としてデビューするきっかけになったのは、大元が就活に苦戦したこと、そしてそれにムシャクシャしてたとき、「ブギーポップは笑わない」を読んだからでした。デビューしてからはご存知の通り、苦労の末に今の地位を得ました。時雨沢先生自身も、「運がよかった」のです。だから、ひょっとしてこの体験がもとで「運の重要性」を繰り返し書いてるのかもしれません。完全に憶測です。

 

ブギーポップは笑わない (電撃文庫)
 

 

 さて、今回の白眉は、何といっても、シズ様と陸のファーストコンタクトでしょう。陸は外伝やネタでは横柄なキャラになりますが、まさか、本当にそういう奴だったとは。また、シズに忠誠を誓う理由もきちんと描かれていたし、何より陸に手を焼くシズ様はポイント高い!まだ荒んでいた頃の彼なので、徐々に陸に気を許していくくだりはとても良かった。

 

 また、当時のシズのことを考えると、打倒された王族たちを見て、逃げ出したかつての自分にその姿を重ね合わせたのでしょうか。こう考えれば、シズと陸はお互いに「生き残ってしまった」存在であり、だからこそパートナーになれたのかもしれません。

 

 他にも、キノと超生物とのガチバトル「餌の国」とか(キノは人間以外には地味に苦戦するね)、若干無理がある感がありますが、マンガの演出を小説風に演出し直した「仮面の国」とか、亡国ものの「退いた国」とか、大変面白く、読み応えのある話ばかりでした。

 

 最後にさ、たださぁ、やっぱり、シズ様をネタにするのはそろそろ本気でやめて差し上げろ(笑)。

 

 

前巻。

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 漫画版。

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 新作アニメ版。しつこく言うが、俺は言いたいことたくさんあるぞ。

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 旧作。こっちは良作。

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