暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

物語の中で、彼らは生き続けている。タランティーノの愛に泣きました【ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド】感想

f:id:inosuken:20190914133755j:plain

 

95点

 

 

 クエンティン・タランティーノ監督、通算9作目(『キル・ビル』を2作で1作とカウントした場合)の作品。告白しますと、実は私はタランティーノ作品はそこまで映画館で観たことはありません。観たことがあるのはまさかの『ジャンゴ 繋がれざる者』1作のみ。『ヘイトフル・エイト』のときは、映画にどっぷり浸かる前の時期だったこともあり、スルーしちゃったんですよね。そんなわけで、本作は私が映画に浸かってから初めて映画館で鑑賞するタランティーノ作品なわけです。なので、どうせならとまだ観ていなかった過去作を全て鑑賞して、本作を鑑賞した次第です。


 本作を観て驚くことは、ストーリーが無いこと。予告でも言われている、ラスト13分で起こる事件以外は、リックとクリフ、そしてシャロンのハリウッドでの日常を映しているだけで、ヤマもオチもありません。本作では、この点で3者3様の生活を同時進行的に見せるという、タランティーノの脚本力が発揮されています。

 

 
 このリックとクリフ、そしてシャロンをそれぞれ演じるレオ、ブラピ、マーゴット・ロビーが素晴らしい。レオは「旬が過ぎたスター」という自虐ネタとも見えなくもない役をヘタレ感満載で好演していました。個人的に、悲願のアカデミー賞を獲得したせいか、演技にそこまで力が入ってない感じがして、そこも感慨深かったなぁと。また、ブラピは冴えない日々を送っていながらも、リックと支えるスタントマン、クリフを好演。本作イチのイケメンであり、彼の役柄では、ここ数年ではベスト級のカッコよさでした。さらに、近年活躍が目覚ましいマーゴット・ロビーは、素の顔が本物のシャロン・テートに似ていることもあり、見事にシャロン・テートを演じ、彼女を「生きた」存在にしています。

 このような非常に魅力的な人物が日常を過ごしているので、ストーリーに起伏が無くても、寧ろそれが功を奏し、「何時間でも観ていたい」と思わせてくれる作品になっていました。しかし、そこはやっぱりタランティーノですから。もちろんそれだけではなく、本作にはタランティーノの「願い」と「愛」が込められていて、私はそこに涙しました。


 その「願い」とは、シャロン・テートを「生きた」存在にすること。各種インタビューでもタランティーノは語っているのですが、シャロン・テートという女優は、女優としてではなく、マンソン事件の被害者として、若しくはロマン・ポランスキーの妻としてしか認識されていません。私もそうでした。タランティーノはこの点を踏まえて、映画の中で、マンソン事件を回避させ、彼女が生存したifルートを作り出します。そして同時に、シャロンの日常を描くことで、彼女を1人の役者として観客の頭の中に刻み込ませ、物語の中で「生」を与えたのです。

 

文庫 ファミリー上: シャロン・テート殺人事件 (草思社文庫)

文庫 ファミリー上: シャロン・テート殺人事件 (草思社文庫)

 

 
 そしてこの点はリックとクリフにも当てはまります。それがタランティーノの愛です。リックとクリフは架空の人物ですが、もし実在していたとしても、確実に映画の歴史には残らなかったでしょう。少なくとも私のような若輩者は全く知らない、それこそ、タランティーノレベルの人間しか知らない映画人だったと思います。そしてそのような人間は、大勢いたのです。本作は、そんな「歴史に埋もれてしまった」映画人達をも我々観客の中に「生きた」存在として残す映画でした。


 特に感動的なのが、終盤での、マンソン・ファミリーの心変わりのシーン。あそこは、犯行直前にリックが彼らにクレームをつけたことから始まります。そして、リックを認識したファミリーの1人はリックの存在を知っていて、彼が主演したTVドラマのファンだったことが明らかになります。リックは「もうどうしようもないよ、俺のことなんて誰も覚えてないしさ」と言いますが、覚えている人間がいたのです。しかも、それが歴史を変えるきっかけになるのです。これは泣けますよ。そしてファミリー襲撃事件では、「危ないことを引き受ける」スタント・ダブルであるクリフがファミリー撃退を引き受けます。こうしてファミリーは撃退され、シャロン邸の門をくぐったのは、リックでした。


 この「歴史に埋もれた人々を救済する」点は、タランティーノの経歴を辿れば、至極自然な着地で、同時に集大成にふさわしいものです。彼は自身の作品で、彼が愛した、歴史に埋もれてしまったB級、C級の映画たちをサンプリングした作品ばかり作っていました。そんな彼が一応の「引退作」として制作した本作は、B級、C級、そして歴史に埋もれてしまった映画そのものの話でした。彼の幕引きとしては、これ以上のものはありません。


 リック・ダルトン、クリフ・ブース、シャロン・テート、そして、本作に出てきた全てのハリウッド映画人たち。彼らはまさに本作の中で生きていたし、これからも物語の中で生き続けていくのだろう。そんなことを考えた作品でした。

 

 

タランティーノ出世作

inosuken.hatenablog.com

 

 LA映画繋がり。

inosuken.hatenablog.com