暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

「生命の起源」から、自分を見つめ直すジュブナイル【海獣の子供】感想

f:id:inosuken:20190715111952j:plain

 

87点

 

 

 2006年から2011年にかけて「月刊IKKI」にて連載されていた五十嵐大介先生原作の漫画を劇場アニメ化した作品。私は、原作については、存在は知っていたけど読んではいなかったのですが、スタジオ4℃作品なので鑑賞しました。

 

 実は、私が本作を鑑賞したのは公開されてすぐの6月9日でした。それなのに何故ここまで書くのが遅くなったのか?それは私が原作を集めるのに非常に苦労したからだ!ガハハハ。現在、原作は全国的に品薄状態らしく、2つ先の駅にある大型書店とか地元の本屋とかを散々回っても全く見当たりませんでした。原作を読まずに感想を書くという選択肢もあったとは思いますが、五十嵐大介先生の作品はこの機に読んで見たかったし、何より本作は原作を読んでそこからの比較とかをした方が感想を書きやすいと思ったので、探しまくりました。そしたら、何と最寄り駅の本屋に、非常に分かりにくい場所に置いてあったのを発見。急いで全巻買って読破し、こうして感想を書けたという次第です。つーか、小学館やる気あんのか。

 

海獣の子供 (1) (IKKI COMIX)

海獣の子供 (1) (IKKI COMIX)

 

 

 さて、ここから感想です。読んでみて感じたのは、評判通り、本作は非常に「癖の強い」作品だということ。まず絵が独特なのです。大きい瞳、そして時にはボールペンを使って書いたという独特のタッチの絵、そして描かれるのは「宇宙規模の生命の誕生」という超壮大なもので、原作は単行本にして全5巻で、周到に作られているから圧縮もできない。並の作り手ならば手を出そうとはしない作品だと思います。

 

 しかし、そこは『鉄コン筋クリート』で松本大洋先生の世界観を完璧に再現してみせたスタジオ4℃。五十嵐大介先生の絵はそのままに、目を見張るハイクオリティな映像を作り出しており、その圧倒的なアニメーションをひたすら浴び続ける至福の111分でした。

 

 本作は、観た方ならば誰でも分かると思いますが、上述の通り凄まじいクオリティのアニメーションが堪能できます。それは偏に本作のキャラクターデザイン・作画監督小西賢一さんの技術、そしてそれを支えたアニメーターさん、CGI、美術の皆さんの力のおかげです。キャラクターの日常芝居はもちろんですが、やはり「海」が素晴らしい。鯨が出てきたときの水しぶきや、水の中の本当に潜っているかのような透明感等、観ているだけで海を感じ、それだけで惚れ惚れします。ちょっとこれはIMAXで観たかったな。

 

 海以外にも、本作は全体的に、背景というか、人間以外の生命体、自然の描写がきめ細やかに描かれていて、画面の中は凄まじい情報量でした。例えば、窓からさす光とそこで舞う塵、画面の端にいる虫や動物、そして植物。全てが今動いていて、生きているような気がするのです。画面そのものに生命が宿っているのです。これは美術の木村慎二さんも意図的にやったようです。

 

 そして、これこそが本作のテーマに直結しています。というのは、本作はそもそも「生命」の話であるから。正直、私はパンフレットの添野知世さんのコラムを読むまで「まぁ生命の受け渡し的な内容なんだろな」程度にしか分かっていなかったのですが、本作はパンスペルミア説という、隕石を生命の種まきに例えた学説を採用しているSFであり、海を「生命の母」とし、その「海の母」が宇宙という話なのです。で、そのカギとなるのが海と空という少年で、クライマックスで琉花はその儀式に立ち会い、宇宙規模の生命の受け渡しを体験します。

 

「海獣の子供」オリジナル・サウンドトラック

「海獣の子供」オリジナル・サウンドトラック

 

 

 「本番」の前に生命から生命の受け渡しを端的に示してみせたのは、あの最強の飯テロシーン。「生き物を食べる」という行為を丁寧に見せつつ、作品のテーマを語らせるという、非常にスマートというか、上手い演出でした。このように、本作は、このテーマを真正面からきちんとやっているのです。

 

 起こっていることは壮大ですが、描いていることは非常に小さく、琉花の一夏の経験というジュブナイルです。ここが原作と大きく違う点で、原作は「生命の出産」に重点が置かれ、終盤では琉花はそこまで活躍せず、他のキャラクターが動くことで物語が動いていきます。ここで大切なのが「海」と「陸」というような壁ともいえる要素の事。よく観てみると、本作の登場人物は皆どことなく「壁」を持っていて、分かりあっていない気がします。琉花は冒頭でクラスメイトに怪我を負わせますし、彼女の両親は別居中です。そして、冒頭の水族館に象徴されるように、琉花と海の間には、最初はガラスという「壁」がありました。余談ですが、ここまで考えると、何だかエヴァっぽい話だなと思いますね。

 

 

 何故このような断絶が起こるのかというと、おそらくそれは各々が「生命の海」から独立した1つの生命体であり、「言葉」という非常に曖昧なコミュニケーションを用いているから。 劇中で言及されていた通り、本作では、クジラのエコーロケーションや、「地球の声」ともいえる自然が伝えているものは、人間の言葉よりずっと多くのことを伝えているのだとされています。

 

 本作はこのような「生命の秘密」を琉花という少女が知り、1つの生命体として自分自身を見つめ直し、成長するという非常にミニマムな話なのだと思います。

 

 話自体は一筋縄では理解できませんが、本作はその圧倒的なアニメーションを観るだけで価値があります。それもきちんと劇場で。大スクリーンで観てこそ、ラストの一大トリップシーンに衝撃を受けますし、海の存在感を感じ、より「映像を浴びる」体験ができると思います。私としては大満足な作品でした。

 

 

同じくスタジオ4℃作品。こっちは話自体は微妙でしたが、アクションシーンは圧巻でした。

inosuken.hatenablog.com

 

 同じくスタジオ4℃の傑作。

inosuken.hatenablog.com

 

 渡辺歩作品。1話分しかないけど。こちらも素晴らしかった。

inosuken.hatenablog.com