暇人の感想日記

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「違い」こそ最大の長所【ダンボ(1941年)】感想

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77点

 

 

 

 3月に公開された、ティム・バートン版『ダンボ』の予習の意味で鑑賞。実写版のほうは結局観なかったのですが、かといって本作を観たことが無駄になったかといえばそんなことはなく、名作とされているだけあってとてもいい作品でしたし、70年以上前とは思えないくらい現代にも十分通じる普遍的な内容が込められていた作品でした。

 

 本作については、まずダンボの可愛さにつきます。私は基本的に「かわいい」とかはあまり思わない性質で、むしろそれに群がっている連中に背を向けたがる男なのですが、ダンボにはやられましたね。やっぱり、生まれたばっかりだから反応が素直で、そこが刺さったのか、はたまた単純に造形的な面が刺さったのか・・・。ちょっと自分でも説明できません。まぁ可愛さなんてそんなものですよね。

 

 そしてもう1つは、アニメーションの素晴らしさ。キャラクターの動きは恐ろしいくらいヌルヌル動き、CGが入っているのかと錯覚するレベルです。ここはさすがディズニー、といったところでしょうか。さらに、キャラの動きだけでなく、アニメーションならではの自由自在な映像表現も健在で、よりにもよってダンボが酔っぱらって見る幻覚に使われています(これ、子供に向けられた映画だよな)。観てるとクラクラしてきます。

 

 本作で描かれていることは、実際はかなりシビアです。しかし、先述の通り、そこから発生するメッセージは、非常に現代的なものです。

 

 ダンボは見た目は可愛らしく、最初こそ他の象たちにも祝福されます。しかし、「耳が大きい」という「奇形」を持って生まれたがために、不当に差別されるのです。本作は可愛らしいダンボが繰り広げる大冒険的な話ではなく、「差別」と「奇形」の話だということが分かります。ダンボは「みんなと違う」からいじめを受け、みんなができることができないのです。中盤のサーカスで、その大きな耳に足を取られ大失敗を犯すシーンは、この点を強調していると思います。

 

 本作はマイノリティの話でもあります。マジョリティであるおばさん象連中にはいじめられているダンボですが、寄り添ってくれる者が現れます。それがネズミのティモシーです。彼は雄弁なネズミですが、物陰から出てきたり、ダンボと同じくおばさん象たちから毛嫌いされています。彼ものけ者なのです。そして、さらに加え、終盤で出てくるカラスもそうです。カラスの色は黒です。これはひょっとして・・・と考えてしまいます。

 

 そんな「除け者たち」の鼓舞を経て、ダンボは自身の欠点であった耳を以て、誰にもできなかった「空を飛ぶ」という偉業を成し遂げます。ここから、本作は、「誰にでも個性があり、それらを認め、伸ばしてやる」という当たり前の内容を読み取ることができます。割と物事を単純化させ、差別的なイメージを植え付けていた感のあるこの頃のディズニー作品の中でも(これは偏見かな)、かなり好きな作品です。

 

 

同じくディズニー作品。こっちは「レリゴー」する話でしたね。

inosuken.hatenablog.com

 

 ティム・バートンの代表作。

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