暇人の感想日記

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1人の男の罪と罰【ペパーミント・キャンディー】感想

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97点

 

 

 現在、『バーニング 劇場版』が公開中のイ・チャンドン監督の作品。私は存在は前から知っていて、観たいと思っていました。しかし、あいにくソフトは現在絶版でAmazonでは値段が高騰しておりとても手が出せず、しかも近場レンタル店では取り扱ってないという状況なので、観たくても観れないという状況が続いていました。そんな中、上映が決まった今回の4Kレストア版。絶対に観たいと思い、時間を何とか作って鑑賞してきました。

 

 鑑賞して、噂に違わずかなり重い作品で、1人の男の「罪」と「罰」を描いたものであり、人生についての話であり、魂の救済の話でもあります。観終わった後はしばし呆然とするくらい、素晴らしい映画でした。

 

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 本作は、キム・ヨンホが人生に絶望し自殺を図り、電車に向かって「あの頃に戻りたい!」と叫ぶところから始まります。この彼が自殺を図ろうとした理由を、彼の人生を切り取った7つのエピソードを遡っていき、オムニバス的につないで解き明かしていくというのが、本作の大まかな内容です。

 

 本作を「上手いなぁ」と思ったのは、このエピソードを観ていくにつれ、この主人公のキム・ヨンホに対する印象がどんどん変わっていく点。最初こそ、惨め極まりない状態でずっと泣いているので、私としても同情し、「さぞ辛い目に遭ってきたのだろう」と思わずにはいられませんでした。

 

 しかし、3つ目の〈人生は美しい 1994年〉からガラッと印象が変わります。コイツがかなりのクズ男だということが判明するのです。家具店を経営し金回りはいいものの、探偵を雇って浮気現場に強襲し、相手をボコボコニします。しかもそれだけでは飽き足らず、自分の妻にまで暴力を振るいます。そのくせ自分は別の女と浮気しているのです。控えめに言って最低で、奥さんに捨てられても文句など言えるわけないと思わせられます。また、途中で出てくる旧知の仲っぽい人間に対しても非常に高圧的な態度で接しています。「人生は美しい、だろ?」とヨンホが彼に言った台詞が、非常に傲慢なものに感じられます。

 

 さらに強烈なのが4つ目の〈告白 1987年春〉。ヨンホは家具店を経営する前、何と警察に身を置き、民主化運動を取り締まっていたことが判明するのです。『1987 ある闘いの真実』でも描かれた、権力側の人間だったわけです。コイツは。なので、普通に一般市民を拷問したりしています。しかもその拷問されている人間が前のエピソードで出てきた人。ヨンホ自身は奥さんと暮らし、赤ん坊も生まれそうというだけに、余計に行いがおぞましく感じられます。というか、そもそも1994年でもしっかり家具店かなんかを経営しているということは、コイツは上手いこと自分が犯した罪から逃げたことになります。ここまで考えると、余計に胸糞が悪い。

 

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 しかし、終わりの方で、ちょっとした変化があります。ヨンホは行きずりの女性を関係を持つのですが、「初恋の女性を思い出して」と言われ、抱かれた時、彼その女性の名前を呼び、泣くのです。そしてその後は、我を失ったように彷徨い、「思想犯」逮捕の時もボーっとして何もしないのです。

 

 これはどうしたことかと思いながら次の〈祈り 1984年秋〉を観て、またヨンホへの印象が変わります。彼はこの時は新米刑事で、まだあどけなさを残しています。拷問にも非常に消極的で、警察の上司に対してちょっとした抵抗も見せたりします。しかし、あの「手の汚れ」から、彼が変容していくのです。上述の「初恋の人」スニムが会いに来ても、別の女性に手を出しているところを見せつけ、彼女が持ってきた「彼の夢」であるカメラの受け取りを拒否します。

 

 なぜスニムを拒絶するのか。その全ての答えが明かされるのが〈面会 1980年5月〉です。ここでの彼は、兵役中で、まだ足の怪我もなく、1984年よりもさらに純朴そうな人間です。そんな彼ですが、光州事件下で殺人を犯してしまいます。ここで全てがつながるわけです。要はヨンホは、この殺人の罪を、自身をダークサイドに落とすことで贖っていたのです。こう考えると、本作は「時代に翻弄された人間の話」と捉えることもできます。

 

 また、ここから、彼が自殺を決心した理由も、おそらく最愛の人であるスニムが危篤になったからだろうと想像できます。彼にとって、彼女は綺麗な思い出であり、だからこそ自分から遠ざけていたし、危篤となったから自分の生きる意味もなくなったと考えたのだと思います。軍のトラックが次第にスニムから離れていくシーンが非常に印象的です。

 

 そして映画は〈ピクニック 1979年秋〉へ。このシーンでは、ひょっとしたら、ペパーミント・キャンディーで味消しできるように、一巡してヨンホが人生を「やり直せる」可能性が示唆されています。もしそうだとしたら、今度こそは、彼の人生が幸せであるように祈らずにはいられません。

 

 

 1987年の民主化運動を題材にした作品。

inosuken.hatenablog.com

 

 光州事件を題材にした作品。

inosuken.hatenablog.com