暇人の感想日記

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好きという気持ちは「普通」である【カランコエの花】感想

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94点

 

 

 昨年一部で話題になった、LGBTを扱った作品。私の周りでも本作を強烈に推してくる人間がいたので、DVDがレンタルされたこのタイミングで鑑賞してみました。

 

 確かに素晴らしい作品でした。上映時間は39分と短いのですが、中身は濃密。LGBTを扱った作品はごまんとありますが、ここまで我々の無意識レベルの行いがいかに彼ら彼女らを傷つけているのか、そして自分自身の偽善性をまざまざと見せつけてくる作品で、観ている間は非常に居心地が悪かったです。しかし、だからこそ本当に素晴らしいと感じました。

 

 保健室の先生の「特別授業」により「クラス内にLGBTがいるかもしれない」と波紋が広がるところから映画は始まります。本作の舞台は学校であり、基本的に作中の世界はここのみです。この教室描写が非常に居心地の悪い、嫌な空間として撮られている点が本当に素晴らしい。そこでは生徒は、LGBTを遊び半分で見つけ出そうとするバカな男子や、世間的な常識にのっとって、止めようとする者、何となく親と会話する者など、様々な反応を見せます。学校という空間はしばしば「現実世界のメタファー」として扱われます。本作でもそうで、ここで出てくる反応は、世界中で起きている反応を置き換えているといえます。

 

 世界では、LGBTを受け入れようという風潮が強まっています。だからこそ、本作の生徒たちの大部分はLGBTを受け入れようとし、遊び半分であぶりだそうとするバカな男子を諌めたりします。主人公も、あの娘を守ろうとします。私もこちらに感情移入していました。本作を観た大部分の方はそうだと思います。そこには、確かに善意があります。もちろん、発端となった保健室の先生も「善意」でした。ただ、よく考えてみれば、この善意は、結局は「気を遣っている」わけでもあります。何故、気を遣うのか。それはLGBTを「普通ではない」と考えているから。異性を好きになるのが「普通」であり、それ以外は「普通ではない」と認識しているからです。たとえ善意であっても、こうした「普通ではない」ことからくる気遣いが、最終的にあの娘を絶望に追いやったのです。というのも、あの娘が望んでいたのは、自身がレズビアンだと分かっても、普段と変わりなく接してくれることだったと思うからです。

 

 確かに、保健室の先生は対応を間違えました。ですが、言っていたことは本質的には正しいと思います。「好きという気持ちは普通である」ってやつです。それを強調するのがエンディングです。あそこで話している内容は、ただの恋バナです。あそこから、この娘の、本当に好きなんだという気持ちが伝わってきて、もう胸が締め付けられて仕方がないのですが、同時に、その感情が特別なものでもなんでもなく、我々「普通の人」と全く変わらない感情であることが分かります。

 

 LGBTに関しては、私も偉そうなことは言えず、本作の登場人物と同じく、「気を遣って」いると思います。だから、LGBTを「特別なこと」ではなく我々と変わらない「普通のこと」として捉え直すべく進歩していかなければならない。そんなことを考えさせてくれた作品でした。あの娘が何の不安もない社会にしていかないとね。

 

 

LGBT作品。でも、こちらはとても美しい物語。

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