暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

何が「権力」に力を与えるのか?【ちいさな独裁者】感想

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78点

 

 

 ナチス・ドイツの敗戦が濃厚になっていた第二次世界大戦の末期、部隊を脱走した上等兵が、偶然空軍将校の軍服を手にしたことから、独裁者に変貌していくという、ウソのようなホントの話。監督は『RED/レッド』『ダイバージェント』シリーズのロベルト・シュヴェンケ。私は、偶然にも『RED/レッド』は観ていて、だからこそ驚きました。あんな荒唐無稽なバカアクション映画(でも楽しい映画ですよ)を作っていた人が、こんなシリアスな題材の映画を撮るなんて。ぴあの水先案内人で春日太一さんも絶賛されてたし、時間もできたので、鑑賞してきました。

 

RED/レッド [Blu-ray]

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 本作の主人公、ヴィリー・ヘロイトは最初はしがない上等兵でした。そんな彼が、軍服を身に纏い、偶然とハッタリだけで味方を増やしていき、信頼を得てヘロルト戦闘団を作っていく過程は、「正体がバレるのでは?」というスリリングさとどこか「成り上がりもの」に近い要素もあって、正直、最初は応援すらしてしまいました。しかし、それに調子づいたヘロルトは、次第に傲慢な態度を表面化させ、脱走兵収容所で虐殺を行います。

 

 ここでゾッとするわけです。主人公の残虐性もそうですが、それ以上に、周囲の人間達にです。彼らは、将校の軍服を身に纏っただけの上等兵の「命令」の下に虐殺や略奪を行います。形だけの「権力」が人々の思考を停止させてしまったあの瞬間は、同じ人間として、恐怖を感じずにはいられませんでした。何故なら、あのシーンで、盲従した者、分かっていて行った者は、我々と同じ普通の人間だからです。よく映画や漫画とかで、「人間はどこまでも残酷になれる」という台詞がありますが、本作はそれを端的に提示しています。そしてそれは外から見れば滑稽でしかないのだけど、その当事者になったら、自分はどうなるかなんてさっぱり分かりません。ひょっとしたら、中盤の役者2人のように、屈する人間になるだろうし、他の兵士のように、「分かっていて」着いて行く側になるかもしれません。あそこで、役者の1人のように自殺できる人間なんてそうはいません。

 

わが闘争(上)―民族主義的世界観(角川文庫)

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 本作を観ると、権力を与えるものは何か、と考えてしまいます。普通は法律とか規則、民衆の支持なのでしょうが、本作では法律は無視されます。法律家が小屋の中に押し込められ、ヘロイトの暴走をなす術もなく見ているしかない、という、法律家が手出しできない状況を画的に見せたシーンに顕著で、独裁というものがどんなふうに始まっていくのかが分かるものになっていました。

 

 ただ、「権力を与えるものは何か」という問いには、一種皮肉めいた回答も本作で示されていると思っています。ナチス・ドイツ関連で言えば、ヒトラーは選挙で選ばれました。ヒトラーは自身は落ちこぼれな人間であったにもかかわらず、話術とゲッペルスをはじめとした優秀なブレーンの協力で成り上がり、ワイマール憲法を骨抜きにし、独裁を推し進めました。ヒトラーは民衆が力を与えたわけです。完全に本作と同じことをしているわけです。そこで、民衆は「まぁこの人の言っていることだし」な感じでユダヤ人を迫害もしたでしょうし、独裁に協力もしたでしょう。

 

 そしてこれは、世界中で、当時もそして今も起こっています。「この役職の人が言っているのだから」「世間が言っているから」とか、そんな理由で付いていき、支持する民衆とか大衆という構図は未だに終わっておらず、終わることはないのだと思います(これは私自身にも言えます)。だからこそ、自分でしっかり考え、行動することが大切なのだと思います。世界中で排外的で、扇動的な言動が飛び交っている今こそ、踏みとどまって考えなければならない。そんなことを考えた作品でした。