暇人の感想日記

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塚本晋也監督が原点回帰した傑作【斬、】感想

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85点

 

 

 『鉄男』『野火』など、常に「一線を越える人間」を描いてきた塚本晋也監督の最新作は、何と時代劇。ある村を舞台にして、人間の暴力についてを極限まで研ぎ澄まされた構成で描きます。上映前から情報は知っていて、塚本晋也監督には『野火』でノック・アウトされたこともあり楽しみにしていました。

 

 鑑賞してみると、期待値をはるかに上回る素晴らしい作品でした。個人的には『野火』よりインパクトは薄いのですが、塚本監督のデビュー作『鉄男』を思わせる内容で、ある種原点回帰的な作品だと思いました。

 

 『鉄男』では鉄と一体化した男が最終的に本能を爆発させる話だったと思います。本作で男と一体化するのは刀。そしてその男は池松壮亮演じる杢之進。彼は人を斬ったことがない男で、村に居候させてもらっています。何故彼がいるのかと言えば、おそらく抑止力。武力が無い村では、侍がいるというだけでも睨みが効きます。そんな村にやってくるのが浪人たち。彼らは直接暴力は振るっていませんが、「いるだけ」で村人を恐怖に陥れます。「いつか襲ってくるかもしれない」そんな不安を聞いた杢之進は浪人たちと「交渉」を決行します。しかしそこは人を斬ったことがない童貞。チャンバラになるのではなく、話し合いで「あの村は襲わない」ことを約束させます。

 

鉄男 ニューHDマスター
 

 

 これで不安は払拭された。と思うのは誰もいないでしょう。そんな中現れるのが塚本晋也自らが演じる澤村。彼は凄腕の剣客で、村の少年が襲われた事をきっかけにして浪人どもを斬りまくり、村人たちを「安心」させます。しかし、これに恨みを持った浪人は、仲間を連れて報復。村人が惨殺されてしまいます。

 

 こういった状況は今の時代にも直接当てはめることが出来ます。今でも隣国が危ないからもっと武装しようとかミサイルが来た時の避難訓練とかがよく叫ばれたり、一触即発になることもままあります。実際は牽制レベルにも関わらず、です。

 

 そんな「世界」の中で宙に浮いているのが杢之進。彼は人が斬れないからかなるべく話し合いで解決しようと思っていますが、観ればわかる通り、戦えないことに対してコンプレックスを抱いてもいます。

 

 そんな彼を駆り立てるのが澤村です。彼は例えるなら『七人の侍』の勘兵衛を別の側面から見た人物。一見ヒーローっぽい勘兵衛ですが、見方を変えればただ若者をけしかけているだけなのです。

 

 この澤村の立ち位置から分かるように、本作は「暴力」や「強さ」を批評的に見ている映画でもあります。

 

 

 最終的に杢之進は刀と「一体化」し、暴力に目覚め、後戻りできない次元へと進みます。「強さ」を手に入れた男が全く違う「何か」になったことを示す、やりきれないながらも、素晴らしいラストです。蒼井優の悲痛な叫びが、この絶望感を強めていたと思います。

 

 他にもよかったのは音です。音響が良かったのか、鉄の音や、人を斬っている時の音が素晴らしかったです。特に殺陣のときの音です。「ズンッ」という音が本当に腹に来るもので、斬られているときの人の体験をそのまま体験できました。