暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

今、世界で起こっていること。まさに今観るべき映画【判決、ふたつの希望】感想

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93点

 

 

 公開当初は観るつもりはなかったのですが、評判を耳にしたので観る気になった作品。時間もできたので鑑賞してきました。

 映画を探す場合、自分のアンテナだけだと限界があるため、他の人の意見を聞いて観た映画が素晴らしいものだと何故だか得した気分になれます。この点で言えば、本作は今年最も得した作品でした。

 

 レバノンの首都、ベイルート。その一角で住宅の補修工事を行っていたヤーセルと、街で自動車工場を営んでいるトニーが、アパートのバルコニーから漏れてくる水漏れで諍いを起こす。最初はただ謝罪すれば済んだのに、諍いは次第に大きくなり、最終的には国家を巻き込んだ問題へとなっていく、というストーリー。

 

 これだけ読めば、本作はコメディ作品な気がしてきます。しかし、ここに宗教と歴史が絡み合うことで、どんどん複雑になっていき、最終的に現在の世界で起こっている問題をそのまま描き出す作品になっていました。

 

 本作の核になっているのは、パレスチナ問題です。ご存知の通り、中東の歴史は血塗られています。ややこしくしたのはイギリスなのですが、エルサレムを巡って、イスラエルと周辺のアラブ諸国との間で幾度も戦争が起こっています。本作の主人公の1人、ヤーセルは、この戦争によって、パレスチナから追われた難民なのです。

 

 もう1人の主人公であるトニーはレバノンに住んでいる人間です。しかし、自身の思想的な立場から、パレスチナ人へ偏見を持ち、無意識のうちに差別しています。彼のこの意識が謝罪を拒ませ、事態を悪化させる原因を作ったのです。

 

 本作はこの、事態がどんどん悪化してくテンポが非常に良く、裁判になだれ込んでからは法廷劇としての面白さも出てきます。しかもこの法廷劇で出てくる弁護士が両極端で、ヤーセル側はリベラルなのですが、トニー側は対立を煽るタカ派で、彼らがより事態を悪化させていきます。

 

 この悪化した事態に、現在、世界で起こっている事が凝縮されています。他の民族、国家への一方的な偏見と、そこから生まれる差別意識。中にはパレスチナ人に対して、「職を奪っている」とか、「支配しようとしている」と言い出す人間もいます。どっかで聞いた台詞。

 

 ただ、本作の上手い点は、バランス感覚が非常にしっかりしている点。複雑な中東問題を描く点で、これは非常に神経を使ったのではないでしょうか。まず、主人公2人ですが、善悪に分けるのではなく、等身大の人間として描いています。原因を作ったトニーにはある過去がありますし、それ抜きでも彼に降りかかる事は観ていて不憫に感じます。ヤーセルもヤーセルで、「難民」ということで肩身が狭い思いをしていることが強調されます。他にも、PLOがしてきたこと、その報復といったことも語られ、どうにもならない泥沼感が感じられます。

 

 しかし、彼らはその国民と対等に付き合ったのかと言えば、答えはNOです。ここに出てくるトニーとヤーセルは、個人として付き合ったことはないのです。彼らは国の歴史に縛られ、その過去を基にした印象しか持っていないのです。当然ですが、国家と個人は違います。国家があくどいことをしても、個人は善良で誠実な人かもしれない。ヤーセルとトニーのように。本作では、一瞬だけ、2人は「個人」として付き合います。その時だけは、しがらみも何も無いのです。目の前の人間を判断するために必要なのは「国家」ではないのです。排外的な主張が叫ばれている今の時代に観られるべき作品でした。日本も必見です。