暇人の感想日記

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誰もが誰かを愛したいし、誰かに愛されたい【愛しのアイリーン】感想

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89点

 

 

 原作は未読です。本作を観ようと思った理由は、監督が吉田恵補さんだったため。今年の2月に観た『犬猿』がかなり面白かったので、彼の作品はとりあえず追っていこうと思いました。

 

 本作はさながら、登場人物全員の強すぎる気持ちをグチャグチャに混ぜた闇鍋のような映画で、大変強烈でした。登場人物全員が「愛されたい」若しくは「愛したい」と思っているのですが、それらの気持ちが見事にすれ違い、暴走する様を見事に描いています。

 

 「気持ちがすれ違う」要素は前作『犬猿』にもあったのですが、前作は兄弟姉妹の確執だったのに対し、本作のそれは愛、憎しみ、差別意識、保守的な思考など、人間の負の感情が入り混じるものです。ただ、程度の差こそあれ、根底の「すれ違う人々」の部分は同じです。例えば、アイリーンと岩男の母が互いの言葉が分からないだろうと踏んでお互いに表面上は取り繕って罵り合っていたり、岩男の気持ちがすれ違いまくったりするところは、兄弟姉妹でありながら複雑な気持ちがあり、すれ違ってしまう前作と似ています。オリジナル脚本の『犬猿』と原作付きの本作で、ここまで似通った部分があるのです。吉田監督が、「これは自分がやらなければならない」と思った理由も分かります。また、舞台が寒村で、どことなく閉塞的な雰囲気を持っているのも作品全体の行き場のない感じを出しています。

 

 主な登場人物は4人。恋愛経験なしの40男、岩男。家族を養うために岩男の嫁になったアイリーン。岩男の母、ツル。ヤクザ男の塩崎の4人です。

 

 岩男は40年間恋愛と無縁で生きてきた男です。だから愛情に関して非常に純粋かつ少し歪んだ想いを持っています。愛を求めているのですが、これまでの経験から、愛なんて待っても来ないと考え、少しでも裏があると「裏切られた」と思ってしまいます。要は純粋なんです。

 

 そんな彼が300万円で「買う」のがアイリーン。彼女は家が貧しく、家族を養うために岩男に買われます。彼女は出てきたときは頭空っぽな感じで、正直観ていてムカついたのですが、母国語で喋るときは非常にしっかりとした考えを持っている女性だと分かります。彼女も愛に関しては純粋で、初めては愛する人に捧げたい、と言います。なので、金だけの関係である岩男とは交わろうとしません。

 

 岩男はヤリたい、愛されたい。でもアイリーンにはその気がなく、運命の人を待っている。このどうしようもなくすれ違っていた2人ですが、徐々に心の距離を詰めてく様子が非常に丁寧に描かれていて、遂にキスまでいったときは中々感動します。

 

 そんな2人にとって、最大の障壁が岩男の母親、ツル。彼女は息子をそれこそ愛していて、岩男の幸せのみを考えています。これだけ書くと良い母親な気がしますが、問題は彼女が超保守的な考えの持ち主で、かつ差別意識を剥き出しにしている人間だということ。ただ、彼女が何故そうなったのかを知ると、少しだけ同情できるのですが。彼女の義理の母も超保守的な人間で、だいぶ酷い目にあったようです。そこから続く考えだったのですね。だから、彼女も愛されたかったし、息子をただ愛したかったのです。

 

 この3人を引っ掻き回す存在が塩崎。彼が介入したことで、ある決定的な大事件が起こってしまいます。しかし、その事件がきっかけで、岩男とアイリーンの心が繋がるのは皮肉な話です。ただ、同時にこの事件で悲劇が起こってしまうのですが。

 

 本作を観ていると、「愛」について様々な感情が渦巻いていることが分かります。岩男とアイリーンが求めている「愛」。そして、ツルが欲している「愛」。そして、背後にある日本の超保守的な結婚についての考え等です。そして金で買った愛が気持ちが通じ合った愛に変わる瞬間を見ると、「人を愛する」ことの愛とは、一体何なのかなぁと思いました。

 

 観ていると、人間の剥き出しの気持ちが映っている作品で、強烈な映画でしたが、同時にこれは映画館でしか観られない題材だよなとも思い、大変満足しました。