暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

「なりたい自分になれよ」じゃないんだ・・・【Mr.インクレディブル】感想

f:id:inosuken:20180801000307j:plain

 

87点

 

 8月に続篇である『インクレディブル・ファミリー』が公開されるので、復習として鑑賞。14年前にリアルタイムで映画館で観たのですが、未だに覚えているシーンが多々あったりしたし、なによりピクサーなので面白いだろうと思っていました。そして、実際に観てみたら宣伝文句ではなく、真の意味で子どもも大人も楽しめるという驚異の射程範囲を持った非常に完成度の高い作品でした。ただ、観ている分には非常に楽しめたのですが、前作『アイアン・ジャイアント』で大いに感動した自分としては、ちょっとモヤっとするところもありました。

 

 本作には2つの側面があります。「スーパーヒーローもの」としての側面と、「社会の中で生きる大人のドラマ」としての側面です。この2つを両立させ、尚且つ自身の作家性を前面に押し出しているのですから、ブラッド・バードは大したものです。この点だけだと、アイアン・ジャイアント』を超えている気がします。

 

 まず、「スーパーヒーローもの」としての側面についてですが、完全にアメコミヒーローの世界ですね。持っている能力が持ち主の性格や立ち位置を表していたり、作中の「ヒーロー規制」は近年では『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』、古くはアラン・ムーア原作の『ウォッチメン』を彷彿とさせます。さらには、敵に捕らえられて悪事を見せつけられるなど、『007』シリーズからも引用しています。

 

 このように、本作には「スーパーヒーローもの」の要素がてんこ盛りなのですが、やっていることは我々と同じようなただのサラリーマン。主人公・ボブは「ヒーローの規制法」により、スーパー能力を隠して生きなければならなくなり、生きるために仕方なくサラリーマンとして働いています。そこでは過去の栄光など、何の役にも立ちません。ただクレームを受け、嫌みな上司の小言を聞き、精神をすり減らす毎日です。本当は自分には天性の才能があるのに、「社会の歯車として動く」ことでそれが潰されている。その才能が発揮できない。善行ができない。つまり、ミドルエイジ・クライシス(中年の危機)ですね。これは認められるまで随分時間がかかったというブラッド・バード監督自身を彷彿とさせます。中盤ではそんな怒りがどんどん溜まっていくので、社会人にはかなり胃が痛い内容です。

 

 この序盤の「疲弊しているサラリーマン」感が素晴らしいです。乗っている車はみすぼらしいし、顔には覇気がなく、家庭も若干不和。しかも、過去の栄光にすがるように未だに秘密裏に「ヒーロー活動」をしているわけです。ちょっと泣けてきます。

 

 しかし、だからこそ、中盤の自身の才能を活かせる職を見つけた後の変化が地味にリアル。車を変え、髪の色(字幕では”謎の金髪”と訳されていた)を変え、奥さんには積極的になるなど、目に見える変化が起こります。「去勢されていた男」が自信を取り戻した瞬間を見事に切り取ったシークエンスです。

 

 そして全てが終わり、自らの能力を肯定できるようになった彼らは、自己を肯定し、前向きになったことも印象的。このように、本作はスーパーヒーローものの皮を被っていますが、中身は結構シリアスな大人なドラマであるという、かなり良くできた映画でした。

 

 しかし、上述のように、モヤっときたことも確か。というのも、前作『アイアン・ジャイアント』との違いです。アイアン・ジャイアント』は「あるべき自分」ではなく、「なりたい自分になれよ」という話だったと思いますが、本作はどちらかと言えば「あるべき自分になれよ」という話な気がします。というのも、この家族は能力がありながら世間のせいでそれを発揮できず、結果的に分不相応な生活を強いられています。本作はそこから脱し、能力を活かすことで、ハッピーエンドを迎えるのです。では、本作において、「なりたい自分」になろうとしたのは誰だったか。シンドロームですね。まぁ、こいつは元からヤバい奴でしたけど、こいつに対して中々辛らつなんですよね。この映画。マントをしているからダメなヒーローですし。でも、前作的な話だと、こいつこそ何らかのドラマとかあっても良いと思うんだけどなぁ。いや、シンドロームは「才能を悪用した」という主人公のダークサイドなのかな。

 

 しかし、それでも本作がとてもよくできた映画なのは明白。監督の主張と全方位に向けたストーリーには感服します。次回作が楽しみ。