暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

資本主義というシステムの中で戦う母親【ゲティ家の身代金】感想

f:id:inosuken:20180606184812j:plain

 

88点

 

 スキャンダル続きだったハリウッドの中で、おそらく最もスキャンダラスだった作品。公開まで1カ月半しかない時期に、主演のケヴィン・スペイシーがセクハラ問題で降板し、急遽クリストファー・プラマーを代役に9日間で22ショットを撮り直したのです。しかも、それに加えてマーク・ウォールバーグが追加撮影分のギャラを要求したことも問題になりました。そのようなニュースで、図らずも公開前から話題になっていた本作。私はこれらのスキャンダルとは関係無しに、単純にリドリー・スコット監督作品ということで楽しみにしていました。

 

 結論として、非常に面白かったです。リドリー・スコットは、映画秘宝のインタビューで「彼は許されないことをしたが、作品まで殺してはならない」と仰っていました。この言葉通り、本作は公開されてよかったと心の底から思いました。

 

 本作は、1973年に起きた「ジャン・ポール・ゲティ三世誘拐事件」を基に、多少の脚色を加えたものです。ただ、普通この手の作品は「被害者VS犯人」の交渉がメインのサスペンスになりますが、本作ではちょっと違います。本作で被害者が戦うのは、犯人と「身内の金持ち」です。この「身内の金持ち」こそジャン・P・ゲティその人です。そしてこの金持ちと犯人の両者と戦うのは、三世の母親・ゲイルです。このように、本作は「強い女性VS強大な敵」といういつものリドリー・スコット作品でした。

 

 本作の最大の見所は、ゲティ氏のケチくささ。金を数えきれないくらい持っているくせに、「ムダ金は使わん」と言い放ち、ホテルでもルーム・サービスを使わず、自分で洗濯したりしてます。当然身代金など払いません。故に、ゲイルが払わせるために奔走するハメになるのです。

 

 この2人の駆け引きを観ているだけで引き付けられます。ですが、本作では、ゲティ氏のこのケチくささと他のシーンでのある描写で、ある種「この世の真理」ともいえるものが見えてきます。それは、「この世のものは全て金に換算できる」ということ。先に書いたとおり、ゲティ氏はルーム・サービスを使いません。その分の金を節約するためにです。これは裏を返せば、ルーム・サービスには、その分の価値があるということです。この世界で生きていくためには金が要ります。食べていくにも、娯楽を楽しむにも。そしてこういった「価値」は人間にも付けられます。それが身代金であり、中盤の売られた三世に付けられた値段なのです。

 

 ここで、我々がよく知る経済システムが浮かび上がってきます。資本主義です。そしてこのシステムを代表する存在として、ゲティ氏がいるのではないでしょうか。パンフレットによれば、1973年時点の彼の年収は、第4次中東戦争の影響もあって2580万ドルだったそうです。現在のレートで日本円に換算すると、約28億円です。繰り返しますが、年収です。冗談抜きで世界中の金を持っていたとしても不思議ではありません。本作はこの「資本主義というシステム」の中で女性が抗う話なのかなぁと思います。

 

 面白いのは、ゲティ氏に対するゲイルは、このシステム的な考えの外で動いている人物という点。金で換算する場面で奇想天外な発想をしたり、動機も「息子を取り戻す」という愛情です。最終的にそんな彼女は味方をつけ、ゲティ氏は孤独に死んでいったことは印象的です。ここまで観ると、彼も金に憑りつかれた人間なのかもしれません。

 

 また、ラストの切れ味も素晴らしかったです。全てが終わったかと思いきや、未だにゲティ氏の胸像がゲイルを見つめている。このシステムは、依然として残っていると感じ、ゾッとしたところでエンディング。いや、素晴らしいっす。