暇人の感想日記

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人間と愛。それらに決まった形なんて無い。【シェイプ・オブ・ウォーター】感想

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93点

 

 突然ですが、ギレルモ・デル・トロ監督は『美女と野獣』があまり好きではないようです。理由は簡単で、醜い野獣が最終的にイケメンになるから。作品が「大切なのは心の美しさなんだ」とのたまっているため、余計にこのラストに疑問を感じたそうです。

 本作は、彼のそんな気持ちを、昔から好きだったという『大アマゾンの半魚人』をベースにして作り上げたアンチ『美女と野獣』な要素を入れつつ、現代的な多様性を描いた作品になっていました。

 アンチ『美女と野獣』の最たる例はイライザと半魚人。『美女と野獣』のベルは清廉潔白な女性として描かれていますが、本作のイライザはベルのように理想化された存在ではなく、普通の女性として描かれています。失礼ながら、彼女はそこまで「美人」というわけではありませんし、ちゃんと性欲もあります。

 そして本作の野獣にあたる半魚人は、見た目からして結構キテます。外見は怪獣そのものですし、肌もヌルヌルしてそうです。つまり、外見がキモい。中盤でジャイルズが彼と触れた手を汚いものに触ったかのように振るシーンがありますが、そんな行動をとってしまっても何だか納得してしまいます。しかも彼はキスをしてもイケメンになどならないのです。

 しかも彼は、『美女と野獣』の野獣であると同時に、世界全ての「異種」の象徴としても描かれていると思います。故に、本作は愛の物語でありながら、「今」の話になっています。

 本作の話の中心はイライザと半魚人のラブストーリーです。物語も2人と周囲の人間という、狭い世界で展開されます。しかし、彼女たちの「外の世界」では、歴史上に残る悲劇が起こっています。それらは冷戦だったり、部屋のTVに映される黒人差別や、映画館でかかる映画で描かれる奴隷への虐待などで示されます。それは自分たちとは違う「異種」への暴力です。そして、ここにアメリカ政府が半魚人に対して行っていたことが被ります。つまり、本作は、半魚人を通して、当時世界で起こっていたことと同じことを我々に見せているのです。そしてそれは現代にもぴったりとあてはまることだと思います。

 デル・トロ監督は本作をジ・アザーズ(のけ者達)の映画だとしています。彼はパンフレットでモンスターについて、「普通であることに殺される殉教者」と述べています。また、「白か黒かはっきりしろと迫られるのは恐怖だ」とも述べています。つまり、本作は、世間一般でいう「普通」が重要な要素となっています。確かに、登場人物は「普通」ではありません。イライザは喋れませんし、ジャイルズはゲイ、仕事の同僚は黒人です。本作はこのアザーズが「異種」である半魚人を助ける話なのです。

 彼らに敵対するのは、軍人のストリックランド。彼は所謂「強いアメリカ人」を体現しようとしている人物。「トイレで用を足した後に手を洗うやつは軟弱」とか、訳の分からないこと言ってますし、奥さんとのセックスシーンでも、奥さんの口を塞ぐ(相手を黙らせる)とかやってますし。

 彼とイライザの半魚人に対する対応も対照的に描かれます。イライザは半魚人と会った時、まず卵を渡します。そして、手話で「会話」をします。また、イライザの周囲の人間も、半魚人に対して、キモいと思いながらも、何とか理解しようとして、付き合おうとします。対して、ストリックランドや政府が行うのは暴力。コミュニケーションなどせず、まず相手を暴力で押さえつけようとします。

 「強いアメリカ」の象徴が「異種」を理解しようとせず、暴力で押さえつけようとする。現在でもアメリカに限らず、世界中で起こっていることです。

 しかし、彼も「普通」になろうとしている1人の人間なのです。このように、本作は「普通」がもう1つのテーマとなっています。そしてそれはタイトルにも表れています。「シェイプ・オブ・ウォーター」は「水の形」。それは不定形。「愛に形などない」という意味もあります。ですが同時に、人間はいろんな形があっていいのでは、という多様性のメッセージにもつながっていると思います。

 その他の点で素晴らしいと思ったのがミュージカルシーン。ミュージカル映画とは、キャラクターの感情を「踊り」で表現するという非常に映画的な表現です。故に、それまで声を封じられてきたイライザが気持ちを爆発させて踊りだすシーンは、ミュージカルの完璧な使い方だったと思います。

 本作はまさしくおとぎ話です。しかし同時に、監督の気持ちを怪獣に託した真っ当な怪獣映画でもあります。デル・トロ監督は『パシフィック・リム』で本多猪四郎監督に作品を捧げていました。そんな彼が怪獣映画でアカデミー賞を獲ったという事実はとても感慨深いです。おめでとう!