暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

【牯嶺街少年殺人事件】感想

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98点
 
 幻の傑作として長らく発売されなかった作品。どうも権利関係でごたついていたのが原因だそうです。それを買い戻してこうして公開してくれた人たちには感謝しかありません。しかし、不安を感じてもいました。上映時間が長いですし、この手の「傑作」は肌に合わないことも多々あるからです。しかし、本作はそんな不安を覆す傑作でした。
 
 本作は、小四という1人の少年を通して、台湾のある時代を切り取り、見事に映像にしています。BGMが一切なく、聞こえてくるのは環境音のみです。それによって本作で描かれた時代の真実味を強めています。
 
 本作を鑑賞するうえで欠かせないのが、第二次大戦後の台湾の歴史です。台湾は下関条約から大戦までずっと日本が占領していましたが、敗戦により中華民国の一部となります。そして、共産党軍との内戦に敗れた国民党軍とともに人が入ってきます。この時、入ってきた人を「外省人」と呼ぶそうです。主人公、小四の父親外省人です。
 
 終戦直後、アメリカは、台湾に対して不干渉を決め込んだそうです。しかし、朝鮮戦争から事情が変わってきます。アメリカは台湾を「反共の防衛ライン」として組み込みます。だから小四の父親が尋問されるシーンがあるわけです。故に、作中で、アメリカ文化が子供たちの間で流行しているのです。このように、戦後の台湾は非常に混沌としていた時代だったことが分かります。そしてその象徴として、本作では「闇」のシーンが非常に多いです。ここまで、全部パンフの受け売りです。
 
 このように複雑な歴史背景があるのですが、その要素は物語に直接的には関与しません。何故なら、本作は一種の青春群像劇だからです。メインの話は、2つの不良グループの抗争ですし。しかし、この歴史的背景は、常に作中にチラついています。例えば、学校の教師の管理が厳しかったりするところは戒厳令が出されている社会がそのまま反映されていると思いますし、ハニーの台詞からもそれは読み取れます。
 
 さて、ここからは主人公に焦点を絞って書いていこうと思います。小四は受験に失敗して、建国中学の夜間部に通っています。彼は不良グループに属しながらも頭も良く、優等生です。しかし、1人の女子と出会ったことで変わっていきます。それが小明です。この変わっていく過程が作品のトーンそのものになっています。最初は従順だった小四ですが、未来への希望が閉ざされている彼女を見て、彼は彼女の世界を照らす決意をします。そして、「自分の道を切り開こう」と思います。そして、彼女は名前の通り、小四の「光」になります。懐中電灯を片手に、夜間部という「闇」から昼間部への編入のため勉強をします。
 
 しかし、小明が別の男と付き合っている疑惑が出てから、小四はおかしくなっていきます。教師にも反発をしたりします。しかも、彼女の世界を照らそうとした彼ですが、小明自身が未来を「変わらない」としているのです。そしてある日、懐中電灯を放した彼は、自らの小さな明かりだったはずの小明を殺してしまいます。「だから君はダメなんだ」と叫びながら。このシーンが、先が見えない当時の台湾とダブり、深い絶望に襲われます。
 
 また、本作には、トルストイの「戦争と平和」の一文が引用されます。「戦争と平和」とは、2人の男女の恋を中心としながら、貴族の没落と新しい時代への目覚めを描いた作品です。この映画も、2人の男女を中心として、不良グループの抗争と時代への抗いを描いています。つまり、本作は台湾版「戦争と平和」と言えるのではないかと思いました。
 
 今作は、表面上は青春群像劇です。ですが、それを通して、台湾の深く、先が見通せない闇が描かれています。それは何も特別なことではありません。いつの時代でも言えるのではないでしょうか。現代でも、テロや難民問題、アメリカや中国、ロシアの動向など、今は当時と同じくらい先が見えない状況です。「先が見えない」ことはいつの時代でも同じですし、それは同時に個人的なことでも同じです。本作でもそうでしたが、人の人生も「一寸先は闇」と言われるように、分からないものです。小四は闇に呑まれてしまいました。本作の素晴らしいと思ったところは、「歴史大作」でありながら、個人の普遍的な話を展開しているところでした。いつの時代でも、誰でも共感できることは、名作の証だと思います。