暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

【セールスマン】感想

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82点

 

 初アスガー・ファルハディ。そして初イラン映画。ミステリー的な面白さを持ちながら、ある夫婦の決裂を丁寧に描いた作品であり、同時にイランの社会問題も浮き彫りにしてみせた作品でした。

 

 まず、本作は、かなりの集中力が要求されました。何故なら、映画の中の要素11つが密接に絡み合っていて、観た時と映画を観終わった後で意味合いが変わってみえたり、後のシーンの暗示だったことが分かったりするからです。これは冒頭からで、まず映画は舞台「セールスマンの死」で使われるセットが組み立てられるシーンから始まります。そして完成した後、恐ろしいほどの長回しで、主人公たちの本物の家が壊されていくシーンが描かれます。そしてその最中、いきなり窓に亀裂が入ります。映画を観終わると、このシーンがこの映画全体を暗示するものだったことが分かります。

 

 というのは、主人公の夫婦は、最後まで自分たちの家を持てなかったためです。住んでいた家は壊され、新居でも悲惨な事件に会い、お互いに信頼が崩れていきます。2人が唯一、事件から離れられるのは「役を演じている」舞台のみです。しかし、それは表面上は「家」でも、中身はスカスカ。まるで2人を暗示しているようです。また、2人は舞台上で役を「演じて」います。そう考えると、「赤い服を着た女」の笑い声が2人を嘲笑っているように聞こえます。「家」は家族の土台です。土台が崩れることで、夫婦の関係そのものがグラついていることが鮮明になっていきます。ラスト、全てが終わって、2人が背中合わせでメイクをしているシーンが印象的でした。決定的に2人の仲が終わった気がして。

 

 今作はミステリ的な要素も持ち合わせています。夫の不在中に奥さんが襲われるのですが、その事件は全貌が映されません。ただ「結果」だけが映されます。しかし、あの扉の不吉なこと。下手なホラーより怖いです。なので、観客である我々も事件について推理しなくてはならないのです。

 

 この事件により、奥さんは苦しみます。それはイランという国が持つ風習の問題が大きいですが、日本でも特別なことではないと思いました。特に警察に行く云々のところとかは、日本も全く同じなんじゃないですか?

 

 同時に主人公も苦しみます。そしてどんどん変わっていくのです。最初こそ、犯人にしたことは妻にしたことに対する復讐のつもりだったのが、それがだんだん自身のマチズムのためになっていく過程は、ある意味、理性の限界なのかな、と思ってしまいました。この変化はラストと冒頭の行動でも対比的で、それを主人公が(間接的とはいえ)犯人に対して行ってしまったときは、やりきれない気持ちになりました。

 

 「セールスマンの死」については観ていないので何とも言えませんけど、本作はある夫婦という社会の最小単位の話を展開し、しかし同時にイランが今抱えている問題や社会の変化を浮き彫りにした非常に面白い作品だと思いました。Wikipediaやパンフを読んだ限りでは、こういう社会問題を扱った点や、「自身の名誉」についての死が共通項なのかなと思いました。