暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

人生で大切なことを教えてくれる映画【若おかみは小学生!】感想

f:id:inosuken:20180930221916j:plain

 

89点

 

 

 原作未読、TVアニメも未視聴。絵柄も所謂「児童向け」アニメ。これだけ材料が揃えば普段は観ないのですが、何故観たのかというと、監督が高坂希太郎さんだからです。彼はスタジオジブリ出身のアニメーターで、『千と千尋の神隠し』や『風立ちぬ』で作画監督として参加しています。そしてご自身も『茄子 アンダルシアの夏』で監督としてデビューし、本作は彼の11年振りの新作となります。しかもアニメーション制作は本気を出せばすごいマッドハウスジブリ出身の方の新作とあれば、観ない理由はありません。ただ、予告などから、実際に観るまでは私も「まぁ多分子供向けアニメなんだろうなぁ」くらいに思っていまして、高坂監督のアニメーションを楽しむ目的で鑑賞しました。

 

 観終わって、完全にやられました。素晴らしい作品でした。今年観たアニメ映画の中では出色の出来だったと思います。予告から分かる通り、本作は両親を亡くし、春の屋旅館に引き取られた小学生、おっこの成長を描きます。この題材だけならば、いくらでも所謂「子供向け」アニメにできたはずです。実際、TVアニメは日曜の朝7時からやっていました。しかし、本作はそこに止まらず、誰にでも当てはまる、普遍的な、人間の成長物語にしていました。これは偏に監督である高坂さんと、脚本家である吉田玲子さんの実力の賜物かなぁと思います。

 

 まず、全編にわたって日常芝居のアニメーションが素晴らしかったです。キャラの歩く姿、座り方、掃除の仕方、驚いたとき、泣いたときの表情、全てに彼らの生命が宿っています。これだけでご飯三杯くらいはいけるわけで。また、同じように背景のレベルも高いです。映画美術で高い評価を受けている渡邊洋一さんを筆頭に、ジブリ映画常連の男鹿和雄さんや吉田昇さんが参加しているので当然ですね。

 

 これに加えて、上述のおっこの成長物語が展開されます。それは春の屋旅館の若女将としての成長という王道なものと、彼女の両親の死を乗り越えるというかなりハードなものです。これを非常に丁寧に描いているから素晴らしい。まず両親の死ですが、冒頭すぐに起こりますけど、ここを曖昧にせずにきちんと描いています。該当のシーンは演出もそうですが、鈴木慶一さんの不穏な音楽も相まって、トラウマ級のシーンでした。こうして描いたことで、劇中で何度か出てくるおっこの発作に説得力が生まれています。

 

 さらに感心したのがおっこのトラウマの描き方。彼女は分かりやすく泣いたりしません。では何も感じていないのかと言えばそんなことはなく、死んだはずの両親はおっこの夢の中で出てきます。ここにおっこの「死んだことに納得したくない」という悲痛な思いが感じ取れ、ただ泣くより余計に彼女の悲しみが伝わってきます。

 

 これを背負ったまま、おっこは女将として春の屋の業務をこなし、日々成長していきます。パンフレットを読んでなるほどと思ったのですが、ここでおっこが接するお客さんには意味があって、最初のあかねは「現在のおっこ」、グローリーは「未来のおっこ」、最後の木瀬一家は「過去のおっこ」という意味があるそうです。だからこそ、「過去のおっこ」と向き合ったとき、「被害者の娘」から「春の屋の若女将」としてアイデンティティを獲得する姿は大変感動します。しかもこれは彼女1人で成し遂げたわけではなく、それまでおっこが関わってきた人たち皆に支えられて成し遂げたものである点も良いですね。これはしっかりとおっこと皆の関わりを描けているからこそ感じられたのだと思います。現実だって、人と関わりを持って、互いに手を差しのべあって生きています。また、最初は幽霊が心の拠り所でしたが、それがだんだん現実の人に移っていく点も素晴らしいですね。

 

 後、本作には所謂悪者がいない点も気持ちよく観られる要因かと思います。少し該当するのはピンふりですが、彼女は彼女で背負っているものがあると感じられるので、むしろ応援したくなる存在でした。本当に良かったですね。

 

 

 高坂監督の過去作。アマプラで観られるので是非。

 

 

 

2018年夏アニメ感想②【はたらく細胞】

f:id:inosuken:20181002234534j:plain

 

 

 夏アニメ2本目。原作が人気なので気になって視聴。「発想の勝利」とは、この作品のためにあるのだと思いました。確かに面白かったです。そして、同時にとても勉強になるアニメだと思いました。

 

 本作は、最近流行りの擬人化ものです。これまでも戦艦とか城とか、最近では馬が擬人化されてきましたけど、本作の擬人化対象は私たちの中にある細胞たち。彼らが日々細菌と戦う姿を描きます。

 

 本作はこの体の中の細胞や、体全体の免疫反応の擬人化がとても上手いと思いました。細胞たちは擬人化されているのですが、各々が持っている機能に沿ったキャラクターにデフォルメされていて、見ているだけで彼らがどのような細胞なのかが分かるようになっています。キャラクターの配置も、体中を動き回る赤血球と白血球が主人公なのは狂言回しにちょうどいいからですかね。また、彼ら細胞は「プロフェッショナル」として仕事にプライドをもっているという点もいいですね。

 

 また、体の各々の反応も実際のそれになぞらえて上手く描かれていて、体全体が1つの要塞都市のように感じられます。というか、私たちの体は、病原菌から体を守るために実際にこのような働きをしているわけで、そう考えると、本当に要塞ですね。

 

 本作はこの細胞たちと体のメカニズムを総動員し、病原菌や風、体調異常を解決していく形で話が進みます。エンタメ的には、この「病原菌」が所謂悪者で、彼らを細胞たちが結束して叩くという構図です。だからジャンルとしてはバトルものになります。それに細胞のドラマが加わります。

 

 話は基本的に1話完結です。この1話ごとのバリエーション(病気)が非常に豊富で、毎回楽しんで見ることができました。また、毎回重要な反応や用語には解説が入るため、ここがとても勉強になります。知識があったらあったで「あの反応はどう処理されているか」と注目して見ることができるし、知らなくてもエンタメとして楽しみつつ勉強できるという2度美味しいアニメになっていました。

青春時代の関係って、本当に不誠実だよね【きみの鳥はうたえる】感想

f:id:inosuken:20180924121018j:plain

 

86点

 

 

 予告は観ていましたが、最初は完全にノーマークで、観る気はありませんでした。しかし、『寝ても覚めても』を観ようと思ったとき、カンヌに出品された『寝ても覚めても』を観て、同じく小規模公開である本作を観ないのは何か違うのではないか?という謎の使命感にかられ、『寝ても覚めても』と共に鑑賞してきました。

 

 素晴らしい青春映画でした。いつか絶対に終わってしまう時間だけれど、過ごしている間は永遠に続くと思える時間、すなわちモラトリアムの中で生きる若者3人を描きます。

 

 本作は本屋でアルバイトをしている「僕」が同僚の佐知子と仲良くなることから始まります。その後は、この2人に静雄を加えた3人がただ日々を過ごす姿が映されます。そこでは劇的なことは何も起こりません。3人でコンビニ行ったり、酒飲んだり、アルバイトしたり、建物の置物を盗んだり、何てことのないものばかりです。この時の3人の演技が自然体で、観ていて演技だとはとても思えません。また、会話をしている時の撮り方が面白いです。普通は会話をしている人間全員を映したりするものだと思うのですが、本作では1人の人物に焦点を当てて会話のシーンを撮っているのです。なので、残り2人は会話の声しか聞こえず、観客はアップで映っている人物の表情の変化を追うことになります。ただ、これによって、その会話から映っている人物が何を考えているかが分かって、本作が持つ重要な要素、「不誠実さ」が出てくると思います。

 

 本作には、何回か「誠実」という言葉が出てきます。「僕」が万引きを見逃したときに同僚が言う「不誠実だな、お前」と、冒頭の「僕」と佐知子の会話でです。「誠実に生きる」ことはとても大事です。友達に嘘をつかず、悪いことをしたら正直に謝る、誰にでも優しく接する等々。劇中でも同僚が「誠実たろうとする人」として出てきます。そして主人公3人組も表面上は互いを理解しています。ただ、それで誠実かと言われたら、それは全然違って、互いに都合の悪い点から目を背けているのです。静雄は「邪魔じゃない?」と気を使っている風な感じですが、佐知子から呼ばれたら行くし、佐知子も佐知子で「曖昧なのは嫌いだから」とか言いつつ、曖昧なままなぁなぁでつるんでるし、「僕」も佐知子への自分の気持ちに目を背けて生きています。また、彼らはこの時間が永遠に続くことはないと分かっているのに、それにすら目を背けて生きているのです。彼らは皆「不誠実」なんだなぁと。

 

 そんな「不誠実」な彼らですが、その生活にも終わりがやってきます。3人は離れ離れになり、関係にも変化が訪れます。そのとき、「僕」が曖昧だった気持ちを「ハッキリさせ」モラトリアムが終わったときに映画は終わります。アイコン的なものは何もないですが、素晴らしい青春映画でした。

2018年夏アニメ感想①【深夜!天才バカボン】

f:id:inosuken:20180926154323j:plain

 

 

 

 過去に4回TVアニメ化されている、赤塚不二夫の代表作にして、日本ギャグマンガの金字塔『天才バカボン』。その5度目のアニメ化作品。原作の時点でかなり危ない下ネタや、常軌を逸したナンセンスなギャグが繰り広げられるスラップスティックな作品でしたが、本作で遂に放送時間が深夜になりました。

 

 しかし、原作が連載されていた頃からだいぶ経ちました。そしてこの期間にTVアニメも数多く制作されてきました。その中には、原作『天才バカボン』とはまた違ったナンセンスというか、頭がおかしいとしか思えない作品(『人造昆虫カブトボーグV×V』とか)や、制作が悪ノリしまくった作品(『ポプテピピック』や『銀魂』)が生み出されました。そして、2015年には同じ赤塚不二夫原作の作品『おそ松くん』を原作とした、『おそ松さん』が放送。その行き過ぎた下ネタとパロディギャグは伝説となり、封印作品すら生み出しました。

 

 このような状況の中で、スラップスティックギャグの代名詞的な漫画である『天才バカボン』がどのようにアニメ化されるのかが気になったため、この3カ月視聴してきました。

 

 しかし、結論としては、ただただ「温い」そして「サムい」作品だったなぁと思います。

 

 本作は、表面上は確かに「ハチャメチャ」です。第1話から先代のパパ、小倉久寛さんが出たり、画面サイズを変えたり、ブラック・ジャックが出てきて、パパを整形して女性にしたり、レレレのおじさんをルンバにしたりします。続く話でも本物の大物役者が出てきたり、再放送を繰り返し、放送禁止用語を連発したり、「戦場のメリークリスマス」がかかったり、突如リアル作画になったり、そうかと思ったら意図的に作画崩壊したり、テレ東プロデューサーが出てきて、全裸を見せたりしています。

 

 このように、やっていることはハチャメチャです。しかし、これらで行われていることは、ほぼ全てがこれより前の作品で行われているのです。多くのパロディが出るのは『おそ松さん』や『ポプテピピック』で実践済みだし、「再放送」も『ポプテピピック』の十八番です。さらに放送禁止用語連発と下ネタは『おそ松さん』や多くの作品で行われていますし、何よりこの手の作品の雄『銀魂』は夕方でこれら全てをやっていましたからね。本作でパパは「子供に見せられませんのだ」と言っていますが、普通に子ども見てますよ。この時点で、本作は『銀魂』に及んでいません。

 

 このようなことから、本作の「危険な」ギャグは全て過去作品の二番煎じに見え、場所によっては滑っていて、寒く感じます。ただ、ギャグがつまらなくても内容がぶっ飛んでいればいいと思いますが、「バカボン」の枠内で程よく収まっているため、ぶっ飛び感もない。つまり、ただの過去作の中途半端な二番煎じアニメになっているのです。

 

 他にも、構図が常に平面的で、見ていて退屈だし、作画も大きく崩れることはないものの、全く動かず、やはり退屈。そしてギャグも微妙。良かったのは声優さんですかね。古田新太さんは言われなければ分からないくらいにハマっていました。

 

 このように、本作は過去の同種のギャグアニメの二番煎じな作品になってしまいました。『天才バカボン』なので「これでいいのだ」で締めたかったのですが、ちょっと言えません。これじゃよくないですね。

2018年秋アニメ視聴予定一覧

 まだ夏アニメも全て見ていないのですが、もう10月に入りますよ。今年も後3カ月です。つまり、秋アニメが始まるのです。夏アニメは個人的に地味な印象だったのですが、『あそびあそばせ』とか個人的にドツボな作品もあったりして楽しめました。今期はどうなんでしょうか。

 

視聴予定作品

10月2日

【風が強く吹いている】


TVアニメ「風が強く吹いている」第2弾PV

『ハイキュー!』を大ヒットさせた東宝とProduction.IGが再タッグ。これは見ないといけませんね。期待作①

 

10月3日

【ソラとウミのアイダ】→一話で無理だなと思った。なんか中途半端な感じがした。


TVアニメ『ソラとウミのアイダ』PV第二弾

 CMを見て面白そうだったので。宇宙漁師という設定も面白いですなぁ。

 

10月5日

【色づく世界の明日から】


アニメ『色づく世界の明日から』PV第2弾

 制作がP.A.WORKSで、監督が篠原俊哉さんなので。

 

やがて君になる


TVアニメ『やがて君になる』 PV 第1弾

 話題の百合作品。今回も出てきました「原作は知ってるけど読んでない」作品。とりあえず様子見な作品です。

 

転生したらスライムだった件→4話で視聴終了。


TVアニメ『転生したらスライムだった件』PV第2弾

 「原作は知ってるけど読んでない作品」2つ目。話題なのでとりあえず見ます。

 

ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風


TVアニメ『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』ティザーPV

 今期最も楽しみな作品。4部は賛否あれど私は楽しめました。声優が総交代なので、そこだけ不安なのですが(ブチャラティは杉山さんでよかったと思うんだ)、楽しみなことに変わりはありません。覚悟はできてる。

 

【うちのメイドがウザすぎる!】


TVアニメーション「うちのメイドがウザすぎる!」PV第2弾

 動画工房で監督が『干物妹!うまるちゃん』シリーズ、『ゆるゆり』シリーズの太田雅彦さんですよ。見ない理由がないじゃないですか。楽しみな作品その③。

 

10月6日

青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない】


電撃文庫『青春ブタ野郎』シリーズ スペシャルPV

 正直、あらすじだけ読んでも内容はさっぱりなのですが、脚本家は横谷さんだし、監督の前作『サクラクエスト』も面白かったし、大々的に1話と2話の先行上映をやったりTV放送の前からもう劇場版が決定しているという謎のプッシュを受けているのが気になりました。

 

【SSSS.GRIDMAN】


10.6(土)~スタート!新番組『SSSS.GRIDMAN』放送直前PV!

 トリガーと雨宮哲と長谷川圭一がロボットアニメを作る。これは見ないといけない感がビンビンです。楽しみな作品④。

 

10月7日

【アニマエール!】


TVアニメ『アニマエール!』PV

 そりゃ女の子に元気にされたいよね。というわけできらら成分を摂取すべく視聴決定。監督が初と思われる佐藤雅子さんだというのも理由。

 

10月11日

からくりサーカス 5話で終了。端折りすぎ。


TVアニメ『からくりサーカス』第2弾アニメーションPV

 3クールでどうまとめるのか非常に気になりますが、とりあえずは見ます。

 

10月21日

【ツルネ-風舞高校弓道部-】


TVアニメ『ツルネ ―風舞高校弓道部―』PV第3弾

 京アニだから。理由はそれだけ。ただ、原作がKAエスマ文庫なので、そこだけが心配。個人的に『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』以外はそこまでハマらなかったので。

 

10月17日

【イングレス】


TVアニメ『イングレス』覚醒PV

 フジテレビの新アニメ枠「+ウルトラ」第1作目。フジテレビはドラマは個人的にはアレだと思っているのですが、アニメは「ノイタミナ」という枠を作った局ですからね。NETFLIXでも見られるということなので、少し期待。

 

 

 

 以上、個人的秋クールに見たいアニメ一覧でした。ここから見るのを止める作品もあれば、評判次第で後から追加する作品もあると思います。

現実か夢か【寝ても覚めても】感想

f:id:inosuken:20180921114747j:plain

 

86点

 

 

 『万引き家族』とともにカンヌ国際映画祭に出品されたものの、話題は完全にパルム・ドールを受賞した『万引き家族』に持ってかれた感がある本作。ですが、曲がりなりにもカンヌに出品された作品。観たくなるのは人情というものです。なので、『きみの鳥はうたえる』と連続で鑑賞してきました。

 

 タイトルの『寝ても覚めても』はそのまま、「夢と現実」だと思います。本作は、顔が全く同じながらも、性格が全く違う「麦」と「亮平」の間で揺れ動き、中々地に足がつかない女性、朝子が自己を曲がりなりにも形成していくまでを描きます。

 

 「麦」と「亮平」はそれぞれ東出昌大さんが演じています。この2人は、東出昌大さんの魅力を見事に分割した役だと思います。

 

 「麦」は「何を考えているのだかよく分からない東出昌大」です。彼は変わった存在で、話し方は淡々としてるし、行動は読めないし、表情も変化しないなど、現実感がありません。それは服装にも表れていて、彼は終始「白」の服装を着ていますし、着こなしにも現実感がありません。これは意図的で、2人の出会いを聞いた麦の友人が「そんな出会いあるわけないだろ」と突っ込んでいます。麦と過ごした時間は、「夢」なのです。だからこそ、序盤で彼がいなくなり、舞台が東京に移ってからは、彼と過ごした時間が「夢」のように思えてきます。中盤まで大阪篇で出てた人が全く出てこないこともそれに拍車をかけています。

 

 「亮平」は「良い人な東出昌大」です。彼は麦とは対照的で、誠実で優しく、不安定な朝子を抱擁してくれる寛容な心を持っている完璧超人です。これはこれで現実感がありませんが、こちらでは大阪篇と違って「現実」感が強い印象です。学生ではなくて仕事をしているという点がそれを強めているのかも。

 

 ここで、「現実感」といえば、朝子と亮平、麦には現実感があまりありません。ですが、それを補うように周囲の人間にはリアリティがあります。くっしーとマヤや、春代のミーハー感とかは、観ていて微笑ましくもあり、親近感を抱かせます。

 

 朝子はそんな彼と共に「現実」を生きようとし、ボランティアをしたり、就職を考えていきます。しかし、その最中にやってくる「夢」である麦。それからの朝子の行動は決して褒められたものではないですが、中盤までは明らかに麦を引きずっていた感があるため、あの決着はちゃんと対面して着けなければならなかったのでしょうね。これを乗り越えた後の、ラスト。2人が清濁合わさった川を並んで眺めている姿は、決して綺麗なだけではない恋愛や人生を(愛し合わずとも)共に眺め、生きていこうというラストに思えました。

時代に抗えという監督の熱が伝わってくる作品【菊とギロチン】感想

f:id:inosuken:20180920121141j:plain

 

90点

 

 

 『64-ロクヨンー』『有罪』など、近年、大規模公開作品でスマッシュ・ヒットを連発している瀬々敬久監督。彼が構想30年を費やし、クラウドファンディングなどを駆使してようやく制作までこぎつけた本作。最初はそこまで観る気が無かったのですが、評判を聞いているうちに観たい気持ちが大きくなってきて、しかも時間的に観られるということで鑑賞してきました。

 

 結論として、変わった映画でしたけど、とても面白かったです。上映時間が約3時間と長いですが、それが全く気になりませんでした。本作は、「女相撲」と「ギロチン社」という一見すると全く共通項のない2つを合流させ、「時代と戦う人たち」を描きます。

 

 今よりもずっと女性に対する権利意識が希薄だった時代。「女である」だけで女性が今よりも生きづらかった時代が確かにありました。本作における女相撲は、(実際にはもっといろいろな理由があるみたいですが)夫から暴力を受けていたり、生まれの関係でどこにも行く場所がない女性たちが集まる場所として描かれていました。中でも特にフィーチャーされているのは主人公の花菊。彼女は生きづらい世界と戦うため「強くなる」目的で相撲の世界に入って行きます。この相撲のシーンの迫力が凄くて、見入ってしまいました。また、それ以外の女性も、「体を売って日銭を稼ぐ」ことを「生きるための手段」として描き、したたかに生きている姿を描いているのにも好感が持てました。

 

 対して、ギロチン社はアナーキズムを掲げる組織ですが、実際はダメダメ。「資本家どもが労働者から搾取した金を奪い返す」名目で”略”という名のカツアゲをやっていて、それを革命のための資金にするのかと思いきや、やっているのは風俗に行ってダラダラ飯を食っているだけ。ハッキリ言って最低です。しかし、パンフレットによれば、実在のギロチン社は曲がりなりにも理想は持っていたようです。

 

 アナーキズム女相撲。全く関係のない両者ですが、共通しているのは「時代に抗っていた人たちである」という点。劇中で描かれる時代は、今よりももっと不寛容な時代で、「反政府」と見られただけで捕らえられるし、朝鮮人というだけで差別の対象です。そんな時代に大人しく黙っているのではなく、前を向いて戦おうとした人たちです。この2つが一緒になるから、タイトルが『菊とギロチン』なのです。

 

 そしてこれは映画そのものと通じていきます。瀬々監督がデビューしたピンク映画では、何をやってもよかったのです。その中には映画界を、そして世界をも変えようという気概に満ちていたそうです。現在ではそれは失われつつありますが、世界は再び不寛容な空気に満ち始めています。そんな時代だからこそ、再び戦う意思が必要になるのだという、監督の熱い意志が伝わってくる作品でした。